65 破壊と創造
「……行かなくてもいいの」
ぽそりとそう呟くと、アレスは不思議そうに首を傾げた。
「えっ、なんで?」
「フローラさんが、待ってるじゃない……」
「フローラ? あいつが何か??」
「だって……フローラさんはあなたの恋人なんでしょ?」
「は?」
アレスは意味がわからない、とでもいいたげな表情をした。
その反応に、私は「あれ?」と首をかしげる。
どうも、照れて誤魔化してるって感じでもないけど……。
「いやいや、全然違うけど。何でそう思ったの」
「だって……仲良さそうに話してたじゃない。あなた、他の女生徒には言い寄られても応じないのに」
「それはまぁ……フローラは俺の身内――従姉妹だし」
「え!?」
今度は私が驚く番だった。
確かに二人は同郷だけど、従姉妹だなんて聞いてない!
「に、似てない……!」
「そう? 昔は兄妹みたいにそっくりだってよく言われたけど」
「だってあなたとあのフローラさんよ? 落ち着きとか、纏うオーラが全然違うじゃない!」
多くの人を魅了する、香しい花のようなフローラさんと、落ち着きのない山猿のようなアレス。
とても、従姉妹のような近しい間柄だとは思えなかった。
混乱する私に、アレスはくすくすと笑っている。
「俺の母さんとあいつの母さんが姉妹同士ってわけ。あいつもあいつなりに苦労があるみたいだし、しばらく帝国を離れたかったんじゃない? とにかく、全然恋人とかじゃないから変な勘違いすんなよ」
そんなアレスの言葉に、私は全身の力が抜けてしまいそうなほど安堵していた。
アレスとフローラさんは、私が勘ぐったように恋人同士ではなかった。
……だったら、諦めなくてもいいの?
無理に、恋心を捨てなくてもいいの?
でも、彼は帝国の皇族。私なんかと、万が一にでも釣り合うような存在じゃなくて――。
思わず俯くと、すっと眼前に手が差し出される。
不思議に思い顔をあげると、アレスがどこか照れたように口を開いた。
「どうせだからさ、俺と踊ってよ、リラ」
「……ここで?」
「そう、ここで。大広間に戻りたいっているならそれでもいいけど」
「…………やだ」
よく考えれば私はいつもの制服で、とても着飾った人たちの輪になんか混じれない。
でも……ここで彼の手を取ることもできなかった。
「リラ?」
アレスが心配そうに声をかけてくる。
大広間からは優雅な音楽が流れてくるのが耳に入る。
好きな人と、二人っきりで。
ここで彼の手を取ることができたなら、どれだけよかっただろう。
でも、できなかった。
私には、そんな資格はないのだから。
そう考えると急に悲しくなってきて、みるみる目のふちに涙が溜まっていく。
「リラ!? ごめん、そんなに嫌がられるとは思ってなくて……」
「ち、違うの……そうじゃなくて」
アレスは何も悪くない。悪いのは全部私のほうだ。
「私……あなたと踊る資格なんてないわ」
「……なんで?」
「だって……」
そっと制服のポケットに手をやり、クラウスに壊されてしまった髪留めの残骸を取り出す。
そっと手のひらに乗せ、アレスに見せると、彼は驚いたように目を丸くした。
「これ……」
「……クラウスに、壊されたの。せっかくもらったのに、私……守れなくてごめんなさい……」
何度も何度も謝ると、アレスは髪留めと私に交互に視線をやり……そっと口を開いた。
「資格がないって……まさか、この髪留めが壊れたから?」
「そうよ、最低の行いだわ」
「もしかして、最近のよそよそしかったのもこれ?」
「それは、まぁ……」
正確にいえば、アレスとフローラさんが恋人同士だと思って引け目を感じてたのもあるけど……正直にそう話すのは気恥ずかしかった。
こくりと頷くと、アレスは何故か呆れたように笑う。
「なんだ、そういうことか……。馴れ馴れしくしすぎて引かれたのかと思った」
「……怒って、ないの?」
「怒る? なんで?」
「だって、人からもらったものを壊すなんて……」
「別に、リラが壊したわけじゃないし、怒ってないよ」
そっとアレスの手が私の頬を撫で、指先で涙を拭ってくれる。
「それに、俺たちは錬金術師じゃん。壊れたものは、また作り直せばいいって!」
そう言って、アレスが大釜を指さす。
彼の意図を察した途端に、胸が熱くなる。
「……ありがとう」
「俺のほうこそ、リラがそこまでこの髪留め大事にしてくれててよかった」
そう言って、アレスは嬉しそうに笑った。
どきどきと胸の鼓動が早鐘を打つ。
ここが薄暗い場所で良かった。もしも明るい大広間だったりしたら……きっと、顔が赤くなっているのがバレていただろうから。
そんな私の様子に気づいているのかいないのか、アレスは明るく告げる。
「よし! じゃあちゃちゃっと直すか!!」