63 告発
「これで勝ったつもりか!? 残念だったな、俺は貴様の秘密を知っているんだよ! 『シュトローム侯爵家』なんて家門は帝国のどこにもないってことをな!!」
クラウスの発言に、場はどよめいた。
私も息を飲み、思わず傍らのアレスを見上げる。
彼は相変わらず冷めた目で、大声で喚くクラウスを眺めていた。
「卑しいドブネズミの癖に!! 経歴詐欺のために高い金でも積んだのか? どうせその金の出所も薄汚い、表には出せないような商売なんだろう? 貴様なんて――」
あまりにも聞くに堪えない罵詈雑言の数々に、思わずかっと頭に血が上った。
だが私がクラウスを怒鳴りつける前に、良く通る声がその場の空気を裂く。
「そこまでにしていただけますか」
クラウスの言葉を遮るように割って入って来たのは、鈴を鳴らすように美しい声だった。
見守っていた観衆の中から、一人の生徒が進み出てくる。
シンプルだけど、一目で品が良いとわかる格調高いドレスを、見事に着こなしている。
ただそこにいるだけで、その場の視線を釘付けにするような存在感。
まるで春を呼ぶかのような空気を纏う、誰もが好印象を抱かずにはいられない女性――以前私もお世話になった、フローラさんがそこにはいた。
クラウスもフローラさんの登場に呆気にとられたのか、ぽかんとした表情で彼女を見つめていた。
「あなたの度重なる侮辱、臣下として見過ごせません」
「いや、いいってフローラ……」
「いいえ、この事が国に伝われば、最悪戦争となりかねません。禍根の根は、はっきりと断っておかなければ」
消極的にフローラさんを止めようとするアレスとは対照的に、フローラさんは凛とした態度でクラウスに対峙している。
……そうか。彼女とアレスは親密な間柄――きっと恋人なのだし、アレスが侮辱されてフローラさんが怒るのも納得だ。
でも、戦争って……?
「……あなたが素性を隠したいお気持ちも理解いたしますが、さすがにここまで馬鹿にされて黙っているわけにはいきませんわ。叔母さまにも頼まれていることですし。……ねぇ、アレステル殿下?」
フローラさんがそう口にした途端、その場の空気が固まった。
殿下って…………え? 王族? どこの?
フローラさんはリヒテンフェルス帝国からの留学生。アレスも同じく帝国からの留学生。
ということは、まさか帝国の……皇族!?
そうたどり着いてしまった私は、信じられない思いでアレスの顔を見上げる。
彼はこちらをみて、何か言いたげな顔をしていたけど……小さくため息をつくと、ふっきれたように顔をあげた。
「まぁ、仕方ないか。うん……」
アレスは呆然とするクラウスの前まで歩み出ると、冷たい瞳で見下ろす。
そして、底冷えするような声で言い放った。
「まぁ、そういうことだから。まだ喧嘩売るつもりなら買うけど……覚悟しとけよ」
きっとその「覚悟しとけよ」は、「お前のせいで戦争になる可能性もあるけど覚悟しとけよ」という意味だったのだろう。
クラウスは何も言わずに俯いた。そのまま彼は教師に引っ張られて連れていかれる。
残された私は、ただどうしていいのかわからずに立ちすくむことしかできなかった。
頭の中がぐちゃぐちゃで、どうしていいのかわからない。
ふと視線を感じ顔をあげると、アレスがじっとこちらを見ていて視線が合う。
「あ……」
声をかけようとして、迷ってしまった。
もしも彼が帝国の皇族だとしたら……私なんかが、気軽に声をかけていい存在じゃない。
そう考えてしまい、何も言えなくなってしまう。
そんな私を見て、アレスは驚いたように目を見開いた後……一歩こちらに踏み出し、私の手を掴んで叫んだ。
「っ……フローラごめん! 後は頼んだ!!」
そう言うやいなや、アレスは私を引っ張るようにして走り出す。
大広間を飛び出し、更にその先へ。
私はどこに行くのかも聞けないまま、ただ彼についていくしかなかった。
皆がパーティーに出ているせいか、学園内は珍しく静まり返っている。
そんな中私たちがたどり着いたのは、いつもの古い工房だった。




