61 本音をぶちまけます
たどり着いた大広間には、大勢の着飾った生徒たちが集まっていた。
だが、その場に漂うのはパーティーの場の華やかで楽しい雰囲気などではない。
緊迫した、肌を刺すような張りつめた空気だ。
大広間の中央、観客に取り囲まれるステージのようにぽっかり開けたその場所に――アレスとクラウスは向かい合うようにして立っていた。
その表情は険しい。二人が友好的なやりとりをしていたわけではないのは、、たった今着いたばかりの私にもすぐにわかった。
息を切らした私が駆け付けると、気が付いたクラウスがニヤリと笑う。
「リラ、やっと来たのか。……おい、俺が贈ったドレスはどうした」
「今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ!? あなた……何をしているの!?」
「ちょうどいい、お前も来たことだし決着をつけようじゃないか。……お前が、一体誰のものなのかをな」
「……馬鹿なことは止めて。何を勘違いしているのかは知らないけど、私と彼はただの友人よ。それ以上でもそれ以下でもないわ」
……アレスの顔は、見られなかった。
私のせいでこんな厄介ごとに巻き込んでしまった。それが申し訳なくて、どうしてもアレスに顔向けができないのだ。
「ならばお前に問おうか。お前は、一体誰のものなんだ?」
私の肩を掴むようにして、クラウスがそう問いかけてくる。
その瞳にはおかしくてたまらないという、愉快そうな色が宿っている。
「はっきり知らせてやれよ。お前のご主人様は誰なのかを」
「っ……!」
私にしか聞こえないように、クラウスが嫌味ったらしく小声で囁いた。
とっさに睨みつけたけど、彼は意に介した様子もなくにやついている。
……彼には、わかっているのだ。
私がアレスを守るためには、ここでクラウスに恭順の意を示すしかないと。
私なら、自分の心を、矜持を押し殺してでもそうするのだと、彼には……わかっているのだ。
おそるおそる開いた唇が、みっともないほど震えている。
こんなに大勢の人の――アレスもいる前で、クラウスへの隷属の意志を口にしなければならないだなんて……ひどい屈辱だ。
でも、そうしなければクラウスはアレスを許さない。
私のせいで、彼の将来に汚点を残すようなことだけは絶対に避けたかった。
爪が皮膚を傷つけるほど強く拳を握り締め、意を決して私は口を開いた。
「わ、私は――」
「あのさぁ」
だが震えながら絞り出した決死の言葉は、珍しくイラついたようなアレスの声に上書きされる。
「そんなちっせぇこと言ってて恥ずかしくないの、お前」
「なっ……!」
思わず、振り返ってしまう。すると、思ったより近くにいたアレスはクラウスに対して、心から馬鹿にしたような嘲笑を浮かべていた。
「いちいち言わせないと安心できないとかガキかよ。そうやって無理やり脅して、言いたくないこと言わせて、それで満足すんの? 哀れだな」
その言葉に、冷え切っていた心が温度を取り戻したような気がした。
ものすごく恐ろしい存在のように思えていたクラウスが、たいしたことないような気がしてくるから不思議だ。
……アレスは、いつもそうだった。クラウスに、実家に、がんじがらめになっている私の前に現れて、新しい世界を教えてくれる。
彼の奔放な態度を見るたびに腹が立った。……本当は、羨ましかった。
彼のように、思うがままに生きて見たかった。自分の限界を試したかった。
自由な世界へ、生き方へ、踏み出してみたかった……!
「大丈夫だよ、リラ。リラは自分のやりたいようにやればいい」
私を勇気づけるように、アレスはそう言ってくれる。
……そうだ、こんなところで諦めたくなんてない。
たとえ学園を追い出され、路頭に迷ったとしても……クラウスの操り人形になるよりはマシだ。
肩を掴むクラウスの手を振り払い、私ははっきりと告げた。
「少なくとも、あなたのものではないのは確かよ。確かにあなたとは婚約をしているけど、破棄すると言ったのはあなたの方じゃない。都合のいい時だけ婚約者気取りで鬱陶しいのよ」