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6 予習復習を忘れずに

 

 王立魔術学園に入学し、錬金術学科に進学して約一か月。

 今のところ、私はおおむね順調に錬金術師への道を歩んでいた。


「満点だ、ベルンシュタイン。初めての小テストなのによく頑張ったな」


 小テスト返却の際にブラント先生からも褒められ、思わず口元が緩みそうになるのをなんとか堪えた。

 あいかわらず、調合の実践授業ではなかなか参加させてもらえない。

 だがその分、授業後は古い工房で自主的な調合に励んでおり、後れを取っているつもりは無い。

 もちろん、筆記テストも手は抜きませんとも。

 きちんと予習復習を欠かさなかったおかげで、初めての小テストは上々の成績だ。


 ちくちくと突き刺さるやっかみの視線を感じながらも、私は満足げに自席へと戻った。

 滑り出しは上々……なんとかこの調子を維持したい!


 上機嫌で満点のテストを眺めていると、不意に耳に入った声に思わず顔を上げる。


「この点は何だ、シュトローム! 真面目にやってるのか!?」

「えー、なんかやる気でなくてさ~」

「……赤点の生徒は補習だ。年度末の試験に落ちた場合は留年。以後、気を抜くことのないように」

「うわ、めんどくせー」


 教師に、学業に対してあからさまに不真面目な態度。

 錬金術学科の問題児――アレスの舐め腐った対応に、私は不快感を覚え眉をひそめた。

 こちらへ向けられていたやっかみの視線も、一気にアレスに集中したようだ。

 彼は帝国の侯爵家の令息だと聞いている。

 伯爵令嬢である私ほどではないにしろ、「金持ちの道楽」だと思われているのだろう。


 はぁ、ちょっと見直しかけた私がバカだった……。


 少し前、彼は厄介な婚約者であるクラウスに絡まれた私を助けてくれた。

 だが、それもただの気まぐれだったのだろう。

 助けてくれたお礼に少し勉強を見てあげたけど、全くの徒労に終わったようだ。

 そう思うとなんだかむかむかしてきて、私はへらへらと笑うアレスを視界から外した。



 ◇◇◇



 調合の実践授業は、なんともむずがゆい時間だ。

 同じ班になった者たちは、「伯爵家のお嬢様に怪我をさせたら悪いから」という理由で私を実践からは遠ざける。

 最初は抵抗していたけど、余計反感を買うだけだとわかってからは「あら、それじゃあ見学させてもらうわ」と軽く流すだけに留めている。

 今日も静かに同じ班の生徒たちが調合の準備をしているのを眺めていたのだが、どうしても看過できない事態が発生した。


 班員の一人が今まさに進めている作業に、致命的な間違いを発見したのだ。

 すぐさま注意しようとしたけど、先日の出来事を思い出して口をつぐむ。

 また、出しゃばるなって言われちゃうかしら……。


 しばらくの間観察していたけど、誰も間違いには気づいていないようだ。

 このまま放っておけば調合自体が失敗してしまう可能性が高い。

 そうなれば私の成績にも影響が及ぶ。それはまずい。

 私はなんとしてでも好成績を収めて、錬金術師として自立しなきゃいけないのに……!


 手に職を付けて、一人で生きていくと決めたのだ。

 こんなところで、つまずいている暇はない!


「あの……少しよろしいかしら」


 できるだけ相手を刺激しないように、そっと例の班員に声を掛ける。


「フラゴールの実の種は、この時点で取り出して粉々にすり潰しておいた方がいいみたいよ。そのまま大釜の中に入れると、爆発して大変なことになってしまうかもしれないの」


 ――『種を潰さずに熱すると、爆発するので要注意』


 そんな図鑑の文言を見せながら小声でそう伝えると、その生徒は驚いたように目を丸くした。


「……君は図鑑の内容を全て暗記してるのか?」

「そんな、とても覚えきれないわ。あらかじめ調合に用いる材料については、特性や注意事項について調べるようにしてるの」


 そう言うと、相手の生徒は黙り込んだ。

 ……また、出しゃばりだと突き放されるのだろうか。

 そう考え身を固くしたけど、耳に届いたのは幾分か優しい声だった。


「……済まない、助かった」


 小声で告げられた言葉に、今度は私の方が驚く番だった。


「……また、何か間違っていたら教えてくれ」


 そう言って、相手の生徒は再び作業に戻る。

 ぼんやりとその様子を見つめながら、安堵の息を吐く。

 よかった……無視されなくて。私の予習も、無駄じゃなかったようだ。


 静かな達成感を覚えながら、私は他の班員の作業手順が間違ってないか視線を走らせた。


 作業は進み、どの班も大釜で調合を始める段階になると……あちこちの班から小さな爆発音と、生徒たちの驚いたような声が聞こえてくる。


「うわっ、爆発した!」

「黒焦げだ……これじゃあ駄目だな」


 どうやらフラゴールの種の特性を知らず、小さな爆発を起こしてしまった班がいくつも発生したようだ。

 授業も終わりに近づき、今のところきちんと調合が成功したのは私たちの班だけだった。


「いいか、錬金術師たるもの危険な素材を扱うことが日常茶飯事だ。少しでもミスをすれば、怪我を負ったり最悪死につながりかねない。どんな調合でも、細心の注意を払いしっかりと扱う素材の特性を調べるように」


 どうやら今日の授業は、「素材の特性を調べることの大切さ」を教えるための、ある意味ひっかけのような授業だったようだ。

 きちんと目標の薬を調合できた私たちの班を見て、ブラント先生は感心したような笑みを浮かべた。


「ほぉ、うまくやったようだな。今後も慢心することなく、きちんと扱う素材の特性を――」

「うわ! なんだ!?」


 先生の言葉の途中で、とある班から驚いたような声が上がる。

 つられるように私もそちらへ視線をやり、思わず顔をしかめてしまった。


「んあ? なんだこれ」


 見覚えのある金髪の生徒――アレスが、おかしそうに大釜の中から何かを取り出していた。

 彼の手には、まるで炎を閉じ込めたような結晶が握られていた。


「……またか、シュトローム。なぜ毎度毎度どこにも書かれていない素材を投入するんだ!」

「いや、その方がおもしろいかと思って。で、先生、これ何?」

「……灯火結晶だ。おおかた火精の粉でも入れたんだろう。まったく、一歩間違えれば大事故に繋がりかねんというのに……」


 私はこっそりと、手元の図鑑で「灯火結晶」について調べてみた。

 調合難易度A、熟練の錬金術師がきちんと手順を踏んでも、失敗することもあるという。

 実力よりも、運が試される調合……なによ、それ。


 なんだか腹立たしくなって、本を閉じる。

 アレスを見ていると、何故だか無性にむかむかしてしまう。

 ガミガミと教師の説教を受ける問題児から視線を外し、私は小さくため息をついた。


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