50 未来の約束
「リラはさ、錬金術師になりたいんだよね」
「……それが、一番自立に近い道だと思ったの」
「ちゃんと将来のこと考えててえらいよ。でもさ、それって……この国じゃなくてもよくない?」
アレスの問いかけに、胸の鼓動が大きく音を立てた。
……確かに、今まで私はこの国を出るなんて考えたこともなかった。
この国の貴族の家に生まれ、ずっと屋敷に閉じ込められていた。
だから、遠くに……他の国へ行くことなんて、考えたこともなかったのだ。
でも、実家を勘当されて自由の身になれば……誰も私を縛れない。
どこへ行こうとも、私の自由なのだ。
そう気づいてしまい、ドキドキと胸が高鳴る。
「そう……かも、しれないわね……」
なんとかそう返すと、アレスがじっとこちらを見つめてくる。
そして、彼はいたずらっぽく笑った。
「じゃあさ……卒業したら、俺と一緒に来る?」
その言葉が耳に届いて、頭が意味を理解するのと同時に……私の心臓は爆発しそうになる。
いや待て、落ち着け、落ち着け……。
慌てて目を伏せ、近くの小枝をたき火に放り込む。
ゆらゆらと揺らめく炎を眺めながら、私は火の傍にいるからだけでなく、明らかに自分の頬が熱くなっていることに気づかざるを得なかった。
……きっと、深い意味はない。はず。
彼にとっては、ただ単に「錬金術師ならどこでもできるんじゃない?」という問いかけでしかないのだろう。
でも、私にとっては……その言葉が大きな支えとなったのだ。
彼とこうして過ごすのも、卒業までの期間限定だと思っていた。
卒業してしまえば、もう二度と会うこともないのだと思っていた。
でも、もしかしたら……そうじゃないのかもしれない。
私が帝国に行けば、また彼に会える可能性もあるのだ。
もしかしたら、友人として……また一緒に時間を過ごすことができるかもしれない。
そう考えると、大きな不安が和らいだような気がした。
「かっ……考えておくわ」
何とかそう答えると、アレスは一瞬驚いたような顔をした後……嬉しそうに笑う。
その表情を見ていられなくて、視線を逸らした時だった。
チリンチリンと、テントの中から鈴を鳴らすような音が聞こえてきた。
「えっ、なになに?」
「鈴鳴砂時計ね。真夜中になったら鳴るように設定しておいたのよ」
空を見上げれば、満月が真上に浮かんでいた。
そろそろ夜咲花が開花する時間だ。
急いで探しに行かなければ。
急いで立ち上がり、テントの中からふよふよと宙を漂う魔鉱石ランタンを取り出す。
少し心もとないが、これでも明かりになるだろう。
「ほら、夜咲花を探しに行かなきゃ」
「いや、うん……そだね」
アレスはなぜかぼんやりした様子で私を見上げた後、緩慢な動きで立ち上がった。
……やっぱり仮眠を取ってないから、眠いのかな?
「早く見つけて切り上げましょう。暗いから足元に気を付け――ひゃっ!?」
「リラ!?」
「足元に気を付けて」と注意を促したまさにその時、私は足元の石に引っかかって転びかけてしまった。
なんとかアレスが支えてくれて事なきを得たけど、ふぅ……危ない危ない。
「……ありがと、助かったわ」
礼を言って歩き出そうとすると、不意にアレスが私の手を取った。
そのままするりと指と指を繋ぐように絡めとられて、思わず鼓動が跳ねてしまう。
「……暗いから、こうしてた方がいいと思う」
「…………そうね」
ここで変に拒絶するのも、なんだか意識しているようで恥ずかしい。
私は何も気にしない振りをして、小さく頷いた。
アレスは手をつないだまま私を先導するようにして歩き出す。
その後姿を追いながら、私はあることに気が付いた。
……手汗、すごくない?
夜だから何かが襲ってこないかと緊張しているのだろうか。
一瞬からかってやろうかとも思ったけど、アレスと同レベルに堕ちるのもやるせない。
結局私は、気にしないようにして足を進めたのだった。