49 卒業した後のこと
夜咲花が咲くのは、真夜中だと聞いている。
それまでは他の草と見分けがつかず、花が咲いているところを探すしかないのだ。
真夜中にきっちり活動ができるように、夕食を終えた私たちは交代で仮眠を取ることにした。
学園のすぐ傍の山とはいえ、一度はオークに遭遇したこともあるのだ。
見張りも立てずに二人とも熟睡するのはあまりにも危険すぎた。
「俺が先に見張りやるから、リラは寝てなよ」
「わかったわ。時間になったら起こしてね」
「りょーかい」
たき火の中に小枝を放り込むアレスに背を向け、私はテントの中で横になった。
下はぼこぼこしていて少し痛かったけど、毛布にくるまるとじんわりとした多幸感が押し寄せてくる。
かすかに聞こえてくるたき火のはぜる音や、調子はずれの鼻歌に、こんなにも安心するなんて。
……ずっと、こんな時間が続けばいいのに。
そんな叶わない願いを胸に抱きながら、私はそっと目を閉じた。
いつの間にか寝入ってしまっていたようで、はっと目を覚ました時にはもう交代の時間をとっくに過ぎていた。
慌ててテントの外へ出ると、アレスは相変わらずたき火の番をしながら、ぼんやり空を眺めていた。
「……どうして起こしてくれなかったの?」
「ごめん、忘れてた」
アレスはあっけらかんとそう言ってみせた。
その言葉が嘘だということはわかっていたけど、私はそれ以上追及することはできなかった。
……それが、アレスの優しさだとわかっていたから。
「まだ寝てていいよ」
「もうすぐ真夜中でしょう。このまま起きてるわ」
私もたき火の前に腰掛けて、その辺りに落ちていた小枝を火中へ放り込む。
「星がさぁ」
不意に、アレスが口を開いた。
「すごく綺麗な気がする。今まで何で気づかなかったんだろうっていうくらい」
つられるようにして頭を上げると、目に入るのは満点の星空。
思わず感嘆のため息が漏れてしまうほどだ。
「標高が高いうえに遮蔽物がないし、きっと麓より空気も澄んでるのよ。だから綺麗に見えるのかもしれないわ」
「なんかこういう星とか見てるとさ、俺たちってちっぽけな存在なんだなーって思わねぇ?」
「そうね……でも、そのちっぽけな人間なりに生きていくしかないのよ」
そう呟くと、アレスは空へ向けていた視線を私の方へと向ける。
そして……彼にしては珍しく、言い淀むようにして口を開いた。
「リラはさ……卒業後の進路とか決めてんの?」
……そこまで口にするのが戸惑われるような質問ではない気がするけど、どうしたんだろう。
「私は、もちろん一人前の錬金術師を目指すわ。どこかの工房に雇ってもらえれば何よりね。王太子殿下が錬金術師の待遇向上に力を入れると仰られたし、うまくいくといいんだけど……」
「……そっか」
なぜか、アレスの声は少し沈んでいるようにも聞こえた。
「あなたは……国に帰るの?」
おそるおそるそう問いかけると、アレスはしばらく黙り込んだ後……そっと口を開いた。
「たぶん……そうなると思う」
その答えを予測していたはずなのに、彼の口から聞いた途端、私の胸がぎゅっと締め付けられた。
考えるまでもなく当然だ。
彼は帝国の侯爵家の令息。いつまでもこんな小国でふらふらしてるわけにはいかないのだろう。
そんなこと、わかりきっていたのに……まるで鉛を飲み込んでしまったかのように、喉の奥が苦しい。
しばらく、私たちの間には沈黙が落ちていた。
ただパチパチとたき火のはぜる音だけが、宵闇に吸い込まれていく。
先に沈黙をうち破ったのは、アレスの方だった。