48 熱いマシュマロ
私たちが目指す山は、そこまで標高が高いわけでも道のりが険しいわけでもない。
野草を観察したり、収集したり、はたまた野生の動物たちが戯れたりするのを眺めながらのんびり歩いていると、想定通り夕方には山頂に着くことができた。
「よし、この辺でよさそうね」
「はぁ、疲れた~。じゃあこの辺にテント張っちゃおっか」
学園の貸与品であるテントは特別な魔法がかかっているようで、地面に置いて特定の呪文を唱えるだけで、ひとりでに組みあがってくれる親切設計だ。
さすがは貴族の子女ばかりが通うエリート校。こういう部分のバックアップは手厚い。
ちょうど日が暮れかけてきたので、枯れ枝を集めて魔法で火をつける。
ぱちぱちと燃えるたき火を眺めていると、心が凪いでいくから不思議だ。
「じゃあさっさと夕食食べちゃおっか」
「そうね」
「肉焼こうぜ、肉!」
アレスは上機嫌で鼻歌を歌いながら、持ち込んだ串焼きを火にかけている。
どうやら彼は夜咲花の採取よりも、このキャンプ自体を楽しんでいるようだ。
私も鍋を火にかけながら、ちらりとアレスの様子を窺った。
「ん? リラの分もあるから心配しないでいいよ」
「……別に、心配してないわ」
こちらを見てへらりと笑うアレスの見当違いの発言に、思わず苦笑が漏れてしまう。
今のこの時間を、私は心地よく感じていた。
誰かとこんな風にわいわい時間を過ごすなんて、この学園に入るまでは考えたこともなかった。
でもきっと、誰でもいいわけじゃない。一緒にいるのがアレスだからこそ、私はこんなに心地よく感じてしまうのだろう。
……きっとアレスにとっては、一緒に過ごす相手が私じゃなくてもいいんだろうけど。
いやむしろ、私みたいな貧乏で陰気で可愛げもない人間より、他の誰かとの方が楽しく時間を過ごせるに違いない。
そんな自虐的なことを考えながら、ぼんやり鍋をかき混ぜていると、不意に肩を叩かれた。
「なに……!?」
振り返った途端、頬にぷに、と何かが当たる感触が。
驚く私に、いたずらに成功したアレスはげらげらと笑う。
「あはは、引っかかった!」
「な……なんなの!? その白い物体は何!?」
よく見ると、アレスは先に小さな白い物体が刺さった串を手に持っていた。
うずらの卵のようにも見えるが、感触はふにゃふにゃだった。
どうやらその串で、私の頬をつついたらしい。
「あれ、見たことない? マシュマロだよこれ」
「マシュマロ……?」
そういった名前のお菓子があると話には聞いたことがあるけど、実際に見るのは初めてだ。
まじまじとマシュマロを見つめていると、アレスは得意げに笑う。
「火で炙ると美味いんだ~。後でリラにもあげるよ。だから……元気出して」
「え?」
驚いて顔を上げると、アレスは言葉通り心配そうな表情でこちらを見つめていた。
「いやさっき、なんか元気なさそうだったから……」
その言葉に、胸がぎゅっと締め付けられる。
どうやら先ほど落ち込んでいたのを、ばっちり見られていたらしい。
そう気づいた途端、私は猛烈に恥ずかしくなった。
勝手に変な想像して、一人で落ち込んで心配かけて……空回りにもほどがある。
こんなんじゃダメだ。私は一人で立派な錬金術師になると決めたんだから、いつまでもジメジメしてる暇はない。
「ちょっとスープの味付けに悩んでただけよ。あなたこそ、いい年して食べ物で遊ぶような真似は控えるべきね」
ちょっときつめにそう言うと、何故かアレスは嬉しそうに笑った。
「はぁ~うまっ! なんかさぁ、こういう大自然の中で食べるっていいよな~」
「そうね……」
少し硬くなったパンを、野菜がたっぷりのミルクスープに浸して口にする。
アレスの用意した串焼きはこんがりといい色がつき、香ばしい匂いが漂ってくる。
幼い頃に出席した貴族のパーティーでも豪華な食事は出てきたけど、他者の視線が気になってゆっくり味わうことはできなかった。
でも今は、素直に目の前の食事を美味しいと感じることができる。
なんだか一気に食べてしまうのがもったいなくて、私はちまちまと一口ずつゆっくりと味わっていった。
「じゃーん、マシュマロの時間でーす」
私が食べ終わったのを確認すると、アレスは得意げに串に刺したマシュマロを火で炙り始めた。
新雪のように真っ白なマシュマロが、次第にきつね色に色づいていく。
良い感じに色がついたところで、アレスは串を私に手渡してくれた。
「はい、中は熱いから気を付けてね」
「えぇ、ありがとう」
じんわりと漂う熱気と甘い匂いに、鼓動が高鳴る。
そっと一口かじると……カリッと焼けた表面の内側に、熱々でとろとろの楽園が広がっていた。
「熱っ……でも、おいひぃ……!」
初めての味と食感に感激していると、アレスがにやにや笑いながらこちらを見ているのに気が付く。
「な、なに……?」
「いや、おもしろいなと思って」
「もう……そうやって、からかうのはやめて」
――「いずれあんなつまらない女とは婚約破棄してみせるさ」
――「あぁ、本気だよ! お前みたいなつまらない女、もううんざりなんだよ!」
かつて、クラウスに投げつけられた言葉が蘇る。
私が地味で、堅物で、面白みの欠片もないつまらない人間であることは十分に自覚している。
なのに、どうして放っておいてくれないんだろう……。
「いや、すっげぇおもしろいけど。俺、いつもリラのこと見てるし」
「え……?」
「なんかさ、いつもすごいことやってくれるから、目が離せないんだ」
そう語る彼の瞳は真剣な色を湛えていて、嘘をついているようには見えなかった。
そう気づいてしまうと、急に恥ずかしくなってくる。
どうせ珍獣を観察するような意味合いだろうけど……なんとなく、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
「…………ばか」
小さくそう呟いて、私は何も気にしていない振りをしてマシュマロをかじった。
とろけるような熱さと甘さに……なぜだか涙が出そうになってしまったのは、心の中に秘めておかないと。




