46 夜花火
「はい、これ。リラにあげる」
「……前にももらったから、大丈夫よ」
「今度はキャラメル味だから! 絶対食べた方がいいって!!」
「むぐっ!」
無理やり口元にトフィーアップルを突っ込まれ、私は仕方なく受け取った。
まったく、彼の強引さはどうにかならないものかしら……。
貧乏伯爵家を勘当直前な私だからいいものの、良家のお嬢様にこんな真似をすれば、いろいろトラブルにもなりそうなのに……。
そう考えたところで、私はこの学園祭の開催期間中、幾度となくアレスが女の子に声をかけられた場面を目撃していたことを思い出した。
後夜祭といえば、ロマンチックなムードと音楽が流れ……恋人たちがいちゃつく絶好の機会だと聞いている。
どうせ私の(一応)婚約者のクラウスも、どこぞでコリンナといちゃついているのだろう。
…………アレスは誰かと約束したりは、してないのかな。
ちらり、と視線をやると、彼は紙袋の中から適当にお菓子を引っ張り出してバリバリと食べていた。
とてもこの後、女の子と約束があるようには思えないけど……。
「あなた、こんなところにいてもいいの?」
「え、何が?」
「……その、誰かと約束とか――」
「ないよ、そんなん」
あっさりと否定され、私はほっと安堵に胸をなでおろした。
…………いやいやいや!
何で私がほっとしてるの!?
別に、アレスが誰と何をしようが私には関係ないし、口を挟む権利もないのに……。
「あのさぁ」
「ひょわっ!? なな、何!?」
いきなり声をかけられ驚いてしまったけど、アレスは特に気にせず話を続けた。
「よかったね。学園祭、成功して」
アレスはただ、嬉しそうにそう呟いた。
「……そうね。いろいろあったけど、結果はうまくいってよかったわ」
「リラが、頑張ったからだよ」
アレスは何やら瓶に入った飲み物をぐいっとあおると、同じものを私にも手渡した。
そっと口にすると、シュワシュワと舌の上で泡がはじけて、果実特有の爽やかな甘みがじんわりと体へ染みわたっていく。
これは……シードルかな?
「俺さ、自分でいうのもなんだけど割となんでも器用に出来るタイプなんだよね」
「……なによ、自慢?」
どうせ私は不器用で頭が固いですよ……とやさぐれていると、アレスはおかしそうに笑いだした。
「いや、そうじゃなくて。何でもできるから、あんま努力とかしたことなかったんだよね」
「ふーん……」
やっぱり嫌味じゃない、と口にしようとした途端、アレスはくるりと私の方へと振り返る。
薄暗い闇の中でも、その目はきらきらと輝いているように見え、思わずどきりとしてしまう。
「だから、ここに来て、リラに会って……こんな子がいるんだって、驚いたんだ。いつも頑張ってて、他の奴に嫌なこと言われてもめげないで、コツコツ真面目に努力して……そういうの、すっげぇなって」
いつものように、からかうような声色は感じられない。
それは、心からの称賛だった。
その言葉を聞いて、胸がじんわりと熱くなる。
アレスはいつもふざけてるように見えるけど、ちゃんと、私のことを見ていてくれるんだ……。
そう思うとたまらなくて……気が付けば私も口を開いて言葉を絞り出していた。
「私だって……つらい時も、逃げたくなる時もあったわ。でも……あなたが傍にいてくれたから、ここまで来れたんだと思う」
普段だったら、こんな恥ずかしいことは言えなかった。
後夜祭の独特の空気や、体を温めてくれる飲み物。それに、目を凝らさないと互いの顔も見えないような薄闇に勇気を貰ったような気がして……そう口にしてしまったのだ。
私の言葉を聞いた途端、アレスは驚いたような顔をした。
そのまま沈黙が落ちること数秒。
いつもみたいにからかわれるかな……と覚悟して下を向いたけど、降って来たのはずいぶんと喜色を含んだ声だった。
「そっか。…………よかった」
真っすぐに私を見つめ、アレスは嬉しそうに笑った。
その表情を見た途端、全身がぶわりと熱くなったような気がした。
……これ以上は、いけない。
気づかない振りをしていた「なにか」に気づいてしまいそう。
「っ……!」
アレスの顔を見ていられなくて、慌ててグラウンドの方へ視線をやると――。
「わぁ……! あれは、花火……?」
魔法で打ち上げられたと思わしき花火が、夜空ではじけた。
明るく夜空を彩る花火に、思わず歓喜の声が漏れてしまう。
「綺麗だね」
「そうね……」
ちらりと隣を盗み見ると、アレスは満足げに花火を眺めている。
弾ける光に照らされたその横顔は、花火に負けず劣らず私の心を奪っていく。
きっと私は、ずっとこの日のことを忘れないだろう。