45 災い転じて福となす
いくつか事情聴取を受けた後、私たちはやっと解放され自由の身となった。
とりあえず錬金術学科の様子を見に行こうと校舎に足を踏み入れたけど……何やら様子がおかしい。
「すごい人がいるけど……何かしら」
ほとんど誰もいなかったはずの校舎には、今は多くの人が押しかけていた。
人の波をかき分け、やっと展示場となっている教室にたどり着くと……なんとそこはお客さんで満員だったのだ。
「なにこれ、どういうこと……!?」
「あっ、リラ!」
ぽかんとしていると、人ごみをかき分けるようにしてハンスがやって来る。
私たちのすぐそばまでやって来ると、彼は興奮気味に口を開いた。
「聞いたよ! 別の学科のトラブルを錬金術を使って解決したって!?」
「え……? あ、ごめんなさい。宣伝用に持ってったアイテムがいくつか駄目になっちゃったけど……」
「いや、この客入りを考えれば安いくらいだ。今年はいいところまで行けるかもな……!」
どうやら召喚術学科のステージでの出来事は、既に噂として広まっているらしい。
そのおかげで錬金術学科に興味を持つ人が続出し、少し前まで閑古鳥が鳴いていた展示場に続々とお客さんがやってきているそうなのだ。
「へぇ、ちゃんとアピールになったんだ。よかったじゃん」
「まぁ、不測の事態だったけど……これはこれでよかったのかしら」
突然のお客さんラッシュに慌てながらも、嬉しそうにあれこれ説明するクラスメイトを見ていると、なんだか安心して力が抜けてしまった。
ずっと気を張り続けていたから気づかなかったけど、思えば私はほぼ徹夜でフェニックスと対峙するなんていう、とんでもないスケジュールをこなしてたんだった……。
「リラ!?」
思わずふらついた私を、アレスが慌てたように支えてくれる。
「ごめんなさい、ちょっと疲れが出てきたみたいで……」
「ここは俺たちが見てるから、リラは休んでくれ。……あと、アレスも」
「ありがとう、そうさせてもらうわ」
ハンスは「ちゃんと寮まで送ってやれ」とアレスに言い聞かせ、お客さんの対応に戻っていく。
「じゃあ、俺たちはいったん休もっか」
「そうね……」
学園祭初日からとんでもない事態に巻き込まれ、私は既に満身創痍な気分だった。
アレスが満員に近い人ごみをかき分けるようにして、私の手を引いてくれる。
「手汗引いたみたいだね」
「だからあなたは一言余計なのよ……!」
そう文句を言うと、アレスはおかしそうに笑った。
◇◇◇
その後も錬金術学科の客足は途絶えず、とくに大きなトラブルもなく学園祭の最終日を迎えることができた。
そして迎えた投票の結果発表で……なんと、私たち錬金術学科は最優秀賞を獲得することが出来たのだ!
「歴史的な快挙だ」とはしゃぐクラスメイトを眺めながら、私も静かに喜びを噛みしめた。
とんでもない妨害はあったけど、無事に学園祭に間に合わせることが出来た。
トラブルはあったけど王太子殿下にも会えて……私の初めての学園祭は、おおむね満足な形で幕を閉じてくれそうだった。
◇◇◇
学園祭最終日の夜。
グラウンドには無数のキャンドルが灯され、集まった人たちがにぎやかな音楽に合わせて、手を叩いたり踊ったりしている。
そんな光景を一人、私はぼんやりと眺めていた。
ここは錬金術学科のある棟の屋上。
後夜祭の賑わいとは対照的に、ひとけはなく静寂な空気に包まれている。
ハンスには後夜祭に来てほしいと言われたけど、少し一人になって心を落ち着かせたかったのだ。
手すりにもたれかかり、数多のキャンドルの光が揺れる後夜祭の幻想的な光景を遠目に眺めながら……私はどこか満ち足りた気分を味わっていた。
……まさか、優勝できるなんて思っていなかった。
召喚術学科の偶発的なハプニングのおかげでとはいえ、私たちの日々の努力が実を結んだのだ。
それに、王太子殿下にも会えた。
殿下は国の更なる発展のために錬金術に興味を持っていて、錬金術師の地位の向上についても約束してくれた。
なんだかいろいろなことが一度に起こりすぎて、まだ夢の中にいるような気分だ。
「……リラ、ここにいたんだ」
一人で黄昏ていると、不意に背後の扉が開く音、そして聞きなれたが耳に入る。
ゆっくりと振り返ると、紙袋をわきに抱えたアレスがやってくるところだった。
「後夜祭行かねぇの?」
「あんまり、賑やかすぎるところは慣れてなくて……。遠くから眺めているくらいで十分よ」
「そっか」
すぐ傍までやって来たアレスが、がさごそと紙袋を漁る。
その中から取り出したのは……学園祭の初めの日に口にした、トフィーアップルだった。