44 確かな成果
どうやら王太子殿下は、正体を隠してこっそりお忍びでやってきたところを、あの事故に巻き込まれたようだ。
一緒にいた小さな女の子は、めったに人前に出てこない王女様。
今更ながらにその事実を知って、私は震えあがってしまった。
「私、何か失礼なことしなかったかしら……」
「別に大丈夫じゃない? 助けてもらっといて文句なんて言えないっしょ」
「相手は王族なのよ!? そんな常識が通用するとは思えないわ……」
現在私たちは、取り調べさながらに校舎の一室に軟禁されている。
想定もしなかった事態に焦る私とは対照的に、アレスはだらしなく足を組んで椅子に腰かけていた。
その態度を注意しようとした時、がらりと音を立てて部屋の扉が開く。
入室してきたのは……何人もの護衛に囲まれた、王太子殿下その人だったのだ。
「ひっ……! まずいわ、姿勢を正して」
「え~、めんどくせぇ」
「そんなこと言ってる場合じゃないのよ! 少しでも心証を良く――」
「いや、楽にしてもらって構わないよ」
そう言って穏やかに微笑む王太子殿下に、私は冷や汗が背中を伝い落ちるのを感じた。
お忍びで王立の学園の視察に来た王太子殿下が、学園の不手際で危険な目に遭ったのだ。
私たちは大罪人として尋問されてもおかしくはない。
いや、でも今ここにいるのは私とアレスの二人だけ。
もとはといえば召喚術学科の起こした事態だし、私たちは巻き込まれただけなのに!
まずい、婚約破棄や勘当どころじゃない。
一歩間違えれば、私たちは王太子を害そうとした反逆者扱いだ……!
アレスの隣に腰掛けながら、嫌な想像に震えていると……不意にそっと手を握られた。
「……大丈夫だって、顔あげて」
そっと視線をやれば、アレスが穏やかに笑っている。
その普段と変わらない表情を見ていると……少しだけ落ち着きを取り戻すことができた。
小さく頷くと、アレスはにっこりと笑って口を開く。
「リラ、手汗すごいね」
「あなたは一言余計なのよ……!」
恥ずかしくなってそう言い返したところで、何やら話し合っていた王太子殿下がくるりとこちらを向いた。
慌ててアレスの手を振りほどき、姿勢を正す。
殿下は優雅な動きで私たちの正面の席に腰掛けると、ゆっくりと口を開いた。
「あらためて、今回の件については礼を言おう。若き錬金術師たちよ。君たちが居なければ、学園史上最悪の事故に発展していた可能性もあったんだ」
「悪いのは全部召喚術学科だから、そこんとこよろしく」
「アレス……!」
一国の王太子相手にそんな舐めた口の利き方はさすがにまずい……!
静かにたしなめようとしたけれど、逆に当の王太子殿下に制されてしまった。
「いや、かまわないよ。今私は『お忍び』でここにいるんだ。無礼講といこうじゃないか」
「は、はい……」
「それでは……」
殿下は神妙な面持ちで私とアレスの顔を順に見回したかと思うと、何故か目を輝かせ嬉しそうに口を開いた。
「錬金術について、私に教えてくれないかな?」
「え?」
「君が使ったあの盾を出現させる道具も錬金術で作ったのか? 材料は? 量産は可能なのかい?」
「あ、あの……」
矢継ぎ早に飛び出す質問に、私は面食らってしまった。
少しずつ話を聞いてみると、どうやら王太子殿下は錬金術に興味を抱いているらしく、私たちの作り出した「守護の腕輪」にはお褒めの言葉もいただけた。
殿下のその行動に、私は驚いてしまった。
この国で錬金術師の地位は低く、錬金術師になれば食べるのには困らないけど、巨大な富や名声を手にすることはできない。
貴族たちは錬金術師を蔑む者が多いし、王族も錬金術なんて名前くらいしか知らないと思っていたのに……まさか、こんなに関心を持たれていたなんて!
「実はこの前行われた、学内コンテストの場にも隠れて足を運んだんだ。君たちはその時も素晴らしい成果を挙げていたね」
そう言って微笑む王太子殿下に、私は頬が熱くなるのを感じた。
そんな……あの場に殿下がいらっしゃってるなんて、全然気づかなかった……。
「今回の件で確信したよ。錬金術は、必ずやこの国に更なる発展をもたらしてくれるだろう。上層部を説き伏せるのには時間がかかるだろうが……数年のうちに、私は必ずや錬金術師の地位を向上させよう」
真っすぐに私を見つめて、王太子殿下は力強く約束してくれた。
「君たちのように、若き錬金術師の育成にももっと力を入れるべきだな。……君には期待しているよ、若き錬金術師のお嬢さん」
「も、もったいないお言葉です……!」
感極まってそう口にする私に、王太子殿下は優雅に笑う。
「殿下、そろそろお時間です」
「あぁ、そのようだな」
立ち上がった殿下は、ちらりとアレスの方に視線をやり、何か言いかけたけど……結局、何も言わずに去っていった。
完全に扉が閉まったのと同時に、私は緊張が解けてずるずると体の力が抜けてしまった。
「はぁ、緊張した……!」
「だから大丈夫だって言っただろ?」
「そ、それは結果論じゃない!」
今でも夢じゃないかと疑いたくなるくらいだ。
王太子殿下が錬金術に関心を持っていて、私たちの成果を認めてくださったなんて。
「私、ちゃんと前に進めていたのね……」
思わずそう呟くと、アレスがおかしそうに笑う。
「……リラの頑張りは、ちゃんと形になってるよ。もっと自信持てば?」
――「君には期待しているよ、若き錬金術師のお嬢さん」
先ほどの言葉が蘇り、胸が熱くなる。
険しい道でも、一歩ずつでも、私はちゃんと前に進めている。
そう実感できるのが、なによりも嬉しかった。