43 思わぬ出会い
「フェニックスを元の場所へ帰します」
「でも! あれは召喚者じゃないと……」
「大丈夫です、何とかします」
泣きそうな顔の錬金術学科の生徒にそう言ってやると、彼らはおろおろと顔を見合わせた。
件のフェニックスを召還した生徒は、今は気を失っているようだった。
手首にはまった腕輪を指先で撫でて、私は意を決してアレスに呼びかけた。
「アレス、こっちの準備は大丈夫!」
「わかった!」
アレスが爆薬を詰めたカゴを投擲する体制に入ったのが見える。
「目を閉じて、耳を塞いでください!」
そう呼びかけると、私の周りに集まっていた人のほとんどは指示に従ってくれる。
アレスがカゴを頬り投げ、杖を構える。
それと同時に、私は「守護の腕輪」を発動させた。
「《守れ……!》」
そう呟き、腕輪にあしらわれた魔鉱石に触れた途端……効果が発動する。
腕輪から魔力が溢れ出し、巨大な魔力の盾が現れたのだ。
私たちを守るようにきらきらと半透明に青く輝く盾が展開し、その美しさに私は思わず息を飲んでしまった。
次の瞬間、縦の向こうで耳をつんざくような轟音が鳴り響く。
「っ……!」
衝撃に吹き飛ばされないように踏ん張りながら、私はぎゅっと腕輪を必死に掴んでいた。
物凄い衝撃に客席の椅子やテントが吹っ飛んでいくのが見えるけど……盾に守られた私たちは傷一つ負うことはなかった。
やがて、悲痛な鳴き声を上げて……フェニックスの姿が虚空に吸い込まれるように掻き消える。
衝撃が収まったのを確認して、私はやっと腕輪に触れていた手を離した。
その途端、私たちを守っていてくれた盾がキラキラと光の粒となって消えていく。
「やった、やったわ……!」
振り向くと、観客たちはおそるおそる目を開け、辺りの様子を確認し始めた。
見る限り、怪我を負っている者は誰もいなさそうだ。
「っ、アレス……!」
立ち上る煙幕の向こうに、私は慌ててアレスの姿を探した。
大丈夫だって言ってたけど、アレスは私の「守護の腕輪」のように何か身を護る道具を持っていたわけじゃなかった。
まさか、あの爆発に巻き込まれて大怪我をしたりなんて……!
「あっぶね、死ぬところだったわ」
煙幕の向こう、がれきの山からゆっくりと立ち上がる人影。
こちらに近づいてくるにつれて姿が見えるようになって……私はほっと安堵の息を吐いた。
「……よく無事だったわね」
「この看板盾にしたらなんとかなった。代わりにぐっちゃぐちゃになったけどな」
彼が小脇に抱えているのは、ぼろぼろになった錬金術学科のアピール看板だ。
多少の傷は負っているようだけど、アレスはぴんぴんしている。
その姿を見ていると、安堵で力が抜けそうになってしまう。
「爆風で火も消えかけてるみたい。後は……」
残ったお客さんの誘導を……と言う前に、煙の向こうから何人もの人間が足早で踏み込んできた。
「ご無事ですか、殿下!」
「殿下の安全を最優先しろ!」
え、なんだか物々しい……なんて思っている間に、私とアレスは何人もの人間に取り囲まれていた。
「実行犯か!?」
「捕らえろ!」
「え、ちょっと待ってください! 私たちは何も――」
なんだかよくわからないけど、私たちがこの騒動の犯人だと思われてる!?
焦って慌てる私を庇うように、アレスが一歩前に出た時だった。
「やめろ、その二人は私を助けてくれた恩人だ。傷つけることは許さない」
人を従わせるような響きを持つ、不思議な声が耳に届く。
振り向くと、先ほど私が盾で守った人たちのうちの一人――小さな女の子を抱いた男性が、立ち上がってこちらに向かってくるところだった。
慌てて私たちを取り囲んでいた人たちが下がり、代わりに件の男性が目の前へやって来る。
「驚かせて済まなかったね。君たちのおかげで我々は助かったんだ」
何気ない動作で、男性が指にはめていた指輪を外す。
その途端、驚くべきことが起こった。
何の変哲もない茶色をしていた男性の髪が眩い金色へと変わり、平凡だと思っていた顔立ちが非常に整ったものへと変わっていく。
その変貌っぷりにぽかんとしていた私へ微笑みかけると、男性は優雅に言い放った。
「若き錬金術師たちよ。ミューレル王国王太子フリードリヒの名において、君たちの勲功に最大の感謝を」
その言葉に、私はフェニックスが暴走し始めた時よりも呆気に取られてしまった。
そんなまさか、じゃあ、私が偶然助けたこの御方は……。
「王太子、殿下……?」
驚きのあまり気絶するなんて醜態を晒さなかったことだけは、私は自分を褒めてやりたい。