42 起死回生の一手
「うわあぁぁ!!」
身に着けていた服が燃え上がり、生徒は無我夢中でフェニックスを引き離そうと暴れる。
フェニックスがすぐに離れると、生徒は火を消そうとステージ上をのたうち回った。
だがフェニックスは満足せず……今度は客席の方へと飛んできたのだ。
「きゃああぁぁぁ!!」
フェニックスがすぐそばを通り過ぎた途端、テントの一つが炎上した。
観客は悲鳴を上げ、一斉に走り出してしまった。
多くの人が出口へ殺到し、あっという間に辺りは大混乱だ。
「リラ!」
押されて倒れかけた私を、アレスが引き寄せ支えてくれる。
彼の胸にもたれるようにして息をつめ、私はどくどくといろんな意味で早鐘を打つ鼓動を感じていた。
まさか……学園祭でこんな事故が起こるなんて。
今までこんなことが起こったなんて、聞いたことがない。
前代未聞の事態だ。
ショーを開催した召喚術学科の生徒たちも、ステージに取り残された生徒を助けはしたが、観客の安全確保まで手が回っていない。
取り残された観客は、フェニックスに怯えて逃げられそうにもない。
フェニックスはなおも怒りの雄たけびを上げ、あちこちを燃やしている。
このままじゃ、学園全体が大変なことになってしまう……!
まずは、あのフェニックスを何とかしないと……。
「召喚獣って、どうやったら元の場所に帰せるの……!?」
「通常なら召喚者が呼んだ時と同じように元の場所へと帰す。今回は無理そうだけど」
「じゃあ、どうすればいいのよ……!」
服の火は消えたものの、最初にフェニックスを召喚した生徒は痛みに呻いている。
その周囲で何人かの生徒が、慌てた様子で水や氷で冷やしている。
とても、冷静にフェニックスを召還できる状態じゃなさそうだ。
「あとは、ある程度消耗すると自発的に帰るって聞いたことある」
「消耗って!?」
「攻撃してダメージを与えるってこと。フェニックスは高位の召喚獣だから、《魔法の矢》を打ち込んだ程度じゃどうにもならないだろうけど」
「ぐっ……!」
今まさにフェニックスに向かって《魔法の矢》を打ち込もうとしていた私は、アレスの言葉に舌打ちしたい気分だった。
下手に刺激して、フェニックスがより凶暴になったりしたらそれこそ万事休すだ。
何とか確実に大ダメージを与えて、お帰り願わないといけないけど――。
「ぁ……」
そんな時私の目に入ったのは、「錬金術学科の宣伝のために」とアレスが持たされていたカゴに入っている、アイテムの数々だった。
特製のポーション、様々な効果を持つ爆薬の数々……。
学園祭という場においては、いまいち効果を実感しにくいんじゃ……と思っていたそれらの品が、今はとてもたくましく見えた。
「その中に入ってる爆薬、全部一気に爆発させればそれなりの威力はあるわね」
「リラ、正気? こんなの一気に爆発させたら俺たちだって……ここに残ってる人だって巻き込まれるぞ!」
「大丈夫よ。だって私たちには……これがあるもの」
そう言って、私はアレスに自らの手首を見せつけた。
私たちが二人で力を合わせて作った、「守護の腕輪」のはまった手首を。
アレスはぽかん……とした後、何故だかおかしそうに笑いだした。
「あはは、リラって真面目そうに見えるけどたまにすごいバカじゃん」
「なにそれ、どういう意味よ!」
「最高ってこと」
アレスはぽん、と私の肩を叩いて、真剣な声で囁いた。
「俺がフェニックスの注意を引き付けるから、リラは残ってる人を集めて、守れるようにして」
「わかったわ」
「俺がこのカゴを投げたら、即座に守護の腕輪を使って」
「……この上ない錬金術の実演アピールになるわね」
そんな冗談が口をついて出るくらいには、私はやけになっていた。
この非常時に、何が最善の行動かなんてわかるわけがない。
でも、きっと何もしないで逃げるよりはマシだ……!
「皆さん、こちらに集まってください! 錬金術学科の人も! 早く!!」
まだ燃えていない、比較的安全な場所を見つけると、私は残された人たちに呼びかけた。
「今ならフェニックスの攻撃を受けることもありませんから! 急いで!!」
アレスがわざと遠くからフェニックスに向かって魔法を打ち込み、注意を逸らしてくれている。
その隙を縫って、私は残された人たちの手を引くようにして一か所に集めた。
子ども連れの親子や、年老いた夫婦、一年生の私たちよりも少し小さく見える少年少女は……兄や姉の晴れ舞台でも見に来たのだろうか。
何としてでも彼らを、フェニックスから守らなければならない。
あらためて責任の重さを感じ、ごくりとつばを飲み込む。
「あの……何をされるおつもりなのですか」
泣きじゃくる小さな女の子を腕に抱いた男性が、おそるおそるといった様子でそう問いかけてくる。
そんな彼を安心させるように、私はゆっくりと頷いて見せた。