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4 変わり者の同級生

「スイートグラス、アロエベラ……よし、材料はばっちりね!」


 あれから数日、あの時と同じ回復薬の材料を揃え、私は満足げに頷いた。



 つい先日の調合実践で実感したけど、あのままの状態が続けば私はとてもじゃないけど優秀な錬金術師になんてなれない。

 だから、まずは教師に相談することにしたのだ。


「ブラント先生、お話があります」


 神妙な顔で相談を持ち掛けた私に、錬金術学科の担当教師――ブラント先生は、快く応じてくれた。

 彼はさる貴族の家の四男に生まれ、身を立てるために錬金術を学んだそうだ。

 努力は実り、彼は研究の成果を認められ準男爵の位を授かるまでになった。

 私の、目標とする人物でもある。


 自らの境遇について素直に相談した私に、ブラント先生はすぐに理解を示してくれた。

 そして教えてくれたのが、今はもう使われていない古い工房の場所だ。


「学園の敷地の奥に、かつて使われていた錬金術工房の残骸がある。機材は旧式だが、まぁ学生の調合程度なら問題ないだろう。自由に使うといい。ただし……すべて自己責任でな」

「はい、ありがとうございます!」


 教えられた通りの場所――校舎から遠く離れた、人気のない森の近くに、その工房は存在した。

 見た目は石造りの小さな工房で、何でも何代か前の錬金術の教師が自分用の研究室として使っていた物らしい。

 何もかもが古めかしいが、大釜や蒸留器、乳鉢や乳棒などの機材は揃っている。

 中には休憩用のソファや簡易的な厨房まで用意してあったのだ。

 かつての工房主の生活を想像し、私はくすりと笑う。


 使い勝手の悪さから放棄されて久しいようだけど、掃除すればきちんと使えそうなのは幸いだった。

 室内を掃除し、汚れていた大釜を磨き、回復薬の材料は学園内の温室から拝借する。

 ……よし、準備完了!


 授業でできなかった調合に、再チャレンジです!


「スイートグラスの葉は細かく刻んで、アロエベラの葉肉は不純物が混ざらないように気を付けて……」


 調合に使う素材も、時間をかけて高品質の物を選び抜いた。

 持ちうる限りの知識と技術を尽くして、丁寧に作業を進めていく。


「大釜が沸騰したら材料を入れて、均一になるようにかき混ぜる……混ぜ方は、急ぎすぎないようにゆっくりとね」


 丁寧に、丁寧に大釜をかき混ぜ……中身が透き通るような翡翠色になったところで手を止める。

 フラスコに掬い取れば……授業で作った物よりもずっと純度の高い回復薬の完成だ。


「へぇ、すごいじゃん」


 じっくりフラスコを眺めていると急に背後から声が聞こえ、驚いて振り返る。

 果たしてそこにいたのは、錬金術学科の問題児――アレスだったのだ。

 どうして、彼がここに!?


「ガリ勉ちゃん真面目だな~。こんなところに来てまで予習復習?」

「……あなたこそ、こんなところで何をしているの」


 警戒をあらわにそう問い返すと、アレスはいつものようにヘラヘラと笑った。


「この近くに俺の昼寝スポットがあってさぁ。いつもみたいに寝てたらここから煙が出てるのが見えて、見に来たらガリ勉ちゃんが居たってわけ」

「……まずは、その不快な呼び方をやめてちょうだい」


 こちらを見つめるアレスは、真意の読めない笑みを浮かべている。

 ……どうにも、彼は得体が知れないのだ。

 ここで変に誤魔化せばよけいな勘繰りをされるかもしれない。

 そう考え、私は素直に事情を話すことにした。


「……同じ班の生徒に変に気を遣われて、十分に調合に参加できなかったのよ。だからこの工房を借りて自主的に経験を積んでいたの。きちんと先生の許可は得ているわ」

「あぁ、ガリ勉ちゃん遠ざけられてたもんね」

「……見てたの」

「だから俺と一緒にやろうって言ったのに。でもすごいじゃん。これ、あいつらが作った奴より上出来だろ」


 私が手にしているフラスコに視線を向け、アレスはなんてことなくそう言った。

 えっ、まさか……素直に褒められるなんて!

 彼が素直に成果を褒めたのが意外で、私は驚いて目を丸くしてしまった。

 その隙をついたように、アレスは私の手からフラスコを取り上げる。

 そして蓋を開けたかと思うと……止める間もなく一気に飲み干したのだ!


「ちょっ、何やってんの!?」

「あ~うまっ! 一日の疲れが癒されるわ~」

「ちょっと! 人が苦労して作った回復薬をドリンク感覚で飲まないで!!」


 慌てて取り替えしたけど、もうフラスコは空だった。

 はぁ……思わずため息が漏れてしまう。

 いや、それよりも……そもそも、専門家でもない他人が調合した薬を警戒もせずに飲むってどういうこと? 

 私が毒でも仕込んでたらどうするつもりなのかしら……。


 もちろんそんなつもりは無いが、私はアレスの無防備っぷりに呆れてしまった。


「……本当に、あなたは理解不能だわ」

「それ、褒めてる?」

「褒めてない」


 これ以上彼に付き合っていたらペースが乱されてしまう。

 何はともあれ、回復薬の調合は成功に終わった。

 確かな手ごたえを感じながら、黙々と片付けを進めていく。

 そんな私の後ろを、何故かアレスはひょこひょことヒヨコのようについてきた。


「……もしかして、勝手に飲んだこと怒ってる?」

「そうよ、ものすごく怒ってるの。もう二度と邪魔しないで」


 別にそこまで怒っているわけではなかったが、彼を牽制する意味合いでそう口にする。

 すると、背後からにゅっとアレスの手が伸びてくる。


「じゃあ、これあげるから仲直りしよ」


 彼の手のひらに乗せられていたのは、金色に輝く小さな石だった。

 回復薬の調合授業で、ふざけて教科書にない素材を大釜に入れたアレスが、偶然作り出したものである。


「陽光石っていって、結構珍しい石なんだって。ガリ勉ちゃんにあげる」

「……いらないわ」

「いいって。俺からのプレゼントだから」


 無理やり陽光石を私の手に押し付けると、アレスは手を振って工房を出ていった。


「本当に、なんなのよ……」


 てのひらに残された陽光石を眺めて、そっと息を吐く。

 アレスに絡まれるとどうにも調子が狂う。


 だが……彼は、私が一人で調合するのに何も言わなかった。


 ――「伯爵家の娘の癖に」

 ――「しょせんお嬢様のお遊び」

 ――「体に傷でもついたらどうするんだ」


 錬金術学科に進級してから、何度となく心無い言葉を投げつけられた。

 同じく錬金術師を志すクラスメイトにさえ、「貴族の娘がこんなことをするのはやめろ」と遠巻きにされてきた。

 だけど、アレスだけは……私の行動を止めようとはしなかった。

 調合したばかりの回復薬を飲んだのも、裏を返せば私の腕を信用してくれていたのかもしれない。


「…………変な人」


 ぽつりとそう呟いた私は、自分が笑っているのに気が付いてはっと口を手で抑えるのだった。


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