39 学園祭の始まり
学園祭開幕の一時間前。
錬金術学科一年の集まる展示室は、皆の努力の結晶の素晴らしいアイテム群と……若き錬金術師たちの屍で溢れていた。
「オラッ、寝るなら寮に戻れ! ただ見張り当番は絶対に寝るんじゃないぞ!」
力尽き床に伸びた生徒たちを蹴飛ばすハンスを見て、私は苦笑いを禁じえなかった。
どうやら徹夜でアイテムを作っていたのは、私だけではないらしい。
だがそのおかげで、一度滅茶苦茶にされたとは思えないほど見事に展示物が揃っている。
「よかった……なんとか間に合ったのね……」
ちょっと飲むのに勇気がいりそうな虹色のポーションに、置いておくだけで部屋が冷え冷えになる氷晶石を用いたオブジェ。
実用性はともかくユニークな品が揃っているようだった。
「お疲れ様、ハンス。あなたの当番は明日でしょ。少しは休んだら?」
元気よくクラスの取りまとめをしていたハンスだけど、彼も寝不足なのか目が充血していた。
学園祭の期間中、私たち錬金術学科の展示場には交代制で見張り&説明担当者がつくようになっている。
今日はもう休むように勧めると、ハンスもメガネの奥で表情を緩めた。
「あぁ、そうさせてもらうよ。……リラの当番は今日か。もし疲れているなら替わっても――」
「いいえ、大丈夫よ」
「俺もいるしね」
にゅっと背後から口を挟んできたアレスに、ハンスは一瞬だけ苦々しい表情になる。
だがすぐに咳ばらいをすると、軽く手を振り踵を返した。
「それじゃあ、少し休ませてもらうよ。……リラ、あまり無理はしないでくれよ」
「平気よ」
仮眠を取ったおかげで、体調はかなり回復している。
これならばっちり仕事もこなせるだろう。
手を振ってハンスを見送り、私は気合を入れなおした。
学園祭は外部からのお客様もやって来る大事な機会だ。
しっかりアピールして、今後の錬金術師ライフの糧にしなくては。
だが……私はすぐに最初のハードルにぶつかることになってしまった。
「人が……来ない……」
学園祭が始まり、窓の外を多くの人が歩いていくのが見える。
楽しそうな笑い声と音楽が耳に届き、なんとも心が浮き立つようなシチュエーションなのに……。
「人が全然来ないじゃない!」
そう、まったくといっていいほどお客さんがやってこないのだ。
残念ながら理由はわかっている。
過去の学園祭でもまったく人気のない錬金術学科には、展示場も校舎の中の一室という非常に地味で目立たない場所しか与えられなかった。
破壊魔術科は運動場で魔法を用いた派手な模擬戦を行い、社交魔術科は中庭に大規模なお茶会を開くと聞いている。
やってきたお客さんも、当然そっちの華やかな催し物に引き寄せられ……誰もこんな僻地になんてわざわざやってこないのだ!
「まずい、まずいわ……せっかく頑張って作ったのに、誰も来なければ意味がないじゃない……!」
このままでは例年通りに、「錬金術学科? そんな学科あったっけ。気づかんかったわ~」と勝負の土台に上がることなく人気投票最下位になってしまう……!
私はその場に待機していた生徒を集め、緊急会議を開いた。
このままだと、閑古鳥が鳴いたまま私たちの学園祭は終わってしまうのは明らかだ。
そうならないためには……。
「とりあえず、存在をアピールしないと……!」
話し合いの結果、「看板とか持って外を周ったらどう?」という意見に落ち着いた。
即席で「錬金術学科の展示会開催中! 見に来てね!」という看板を作り、まずは言い出しっぺの私と暇そうにしていたアレスが出動だ。
「どうせなら何個かアイテム持ってけば? その方が興味引ける気がする」
「そうね……」
アレスが珍しくまともな意見を出したので、私はアピールのためにいくつかのアイテムを持って会場を後にした。もちろん、私たちの作った「守護の腕輪」も一緒に持っていく。
展示場を出る私の後ろを、即席の看板を持ったアレスが欠伸を噛み殺しながらついてくる。
「はぁ~ねみぃ~」
「ちょっと、外ではシャキッとしてもらえないかしら。あなた顔だけはそこそこいいんだから、客寄せにくらいにはなってもらわないと」
何気なくそう言うと、アレスは物凄い勢いで私の方を振り向き、驚いたように目を丸くした。
「え……今何て言った?」
「外に出たらシャキッとしなさい」
「いやそうじゃなくて……その後!」
「え?」
珍しく必死な様子のアレスにそう問われ、私は先ほどのやりとりを反芻した。
――「ちょっと、外ではシャキッとしてもらえないかしら。あなた顔だけはそこそこいいんだから、客寄せにくらいにはなってもらわないと」
…………あれ?
もしかして私、けっこう恥ずかしいこと言っちゃったんじゃ……!
そう気づいた途端、一気に恥ずかしさが襲ってくる。
「へぇ~、リラは俺の顔好きなんだ」
「べ、別にそんなこと言ってないわ! 私はただ……ほっ、他の人がそう言ってるのを聞いただけで……ごく普通の一般論よ!!」
あたふたとそう言い訳する私を、アレスはにやにやとからかうような笑みを浮かべて見下ろしてくる。
私は慌てて視線を逸らし、くるりと踵を返して足を進める。
うぅ、恥ずかしい……。
仮眠を取ったと言っても、なんだかんだで私は疲れていたのだ。
だから……うっかり普段だったら絶対に言わないような本音が漏れてしまった。
しかも、軽く流せばよかったのに焦って言い訳をしてしまったことで、余計に恥ずかしい。
これじゃあ、「あなたの顔が好みです」って言ってるようなものじゃない!
……アレスはしょせん学園を卒業するまでの同級生。
ここを卒業したら彼は国に帰るのだろうし、きっと二度と会うことはないだろう。
だから、近づきすぎてはいけない。
こうして私と一緒に行動するのもただの気まぐれだろうし、そこに意味なんて求めてはいけないのだ。
必死にそう言い聞かせていると、背後からのんきな声が飛んでくる。
「なぁ、顔だけ? 中身は?」
「……少なくとも、そうやって嬉々として人をからかうような姿勢はどうかと思うわ。マイナス一万点」
「そっかぁ……俺は、リラの中身も好きだよ」
まるで天気の話でもするように軽くそう言うと、アレスは固まる私を置いてすたすたと歩いて行ってしまう。
…………あぁ、もう!
だから、彼の言葉の意味を深読みしても無駄なのに!
どうせ今のも、「猫? 可愛いから好きだよ」くらいのノリで言ったのだろう。
……その一言で、私がどれだけ振り回されるかなんて気にも留めずに。
「……勝手な人」
努めて彼の言葉を気にしないように自分に言い聞かせ、私は慌てて彼の後を追った。