38 つかの間の幸せ
ランプのほのかな灯りに照らされて、アレスはにやりと笑う。
「リラなら絶対、学園祭の初日に間に合わせると思って」
「うっ……」
まさか行動が読まれているとは思わず、私は言葉に詰まってしまった。
私たちの作っている「守護の腕輪」は、あと少しで完成する。
私はどうしても、明日の朝の学園祭の始まりに間に合わせたかったのだ。
昼間は見栄を張って「まぁ、このくらい寮でちょっと仕上げれば余裕よ」なんて言ってしまったけど……どうやらまだいくつかの細かい作業が必要なのは、アレスにはお見通しだったようだ。
ばつが悪くて視線を逸らす私に、アレスは遠慮なく声をかけてくる。
「俺も手伝うから、できそうなことがあったら言ってよ」
「……あなたの担当部分は終わってるのよ。後は私が――」
「でもこれ、二人の共同作業じゃん。明らかに俺の方が簡単な部分担当してたし、リラだけに無理はさせられないって」
金色に輝く腕輪を指先でくるくる回しながら、アレスは何でもないことのようにそう言った。
普段は人の気持ちなんて考えずに好き勝手してるくせに、何でこういう時だけ……。
……彼の優しさを有難く思うのと同時に、少しだけ怖かった。
何度もこうやって助けられれば……きっと私は、次も助けを期待してしまう。
一人で自立しなきゃいけないのに、彼なしでは立てなくなってしまうのではないかと思ってしまい、怖いのだ。
押し黙った私を見て、アレスは優しく笑う。
「リラはさ、頑張り屋だから。いろいろ一人で背負いこみすぎなんだよ」
「……最後に頼れるのは自分自身だけよ。他人に頼ってばかりだと、いざという時に足元を掬われるわ」
「まぁ、そういう考え方もあるだろうけど……俺は、リラの味方だよ。だから、もっと頼ってよ」
耳から入ってくる優しい言葉が、甘い毒のように心を侵食していく。
虚勢がぐずぐずと溶かされて、駄目になってしまいそうになる。
「……駄目よ、これは私の役目なんだもの」
なんとか震える声でそう絞り出したけど、アレスは聞かなかった。
「大丈夫だよ、リラが何度転んでも、俺が起こしてあげるから」
その言葉に、私はぐっと拳を握り締めた。
……少しでも気を抜けば、涙がこぼれてしまいそうだったから。
「……仕方ないわね。提出が遅れれば、学科の皆にも迷惑がかかるもの。……力を、貸してちょうだい」
言い訳のようにそう口にすると、アレスはしてやったりとでもいうようににやりと笑う。
「よっしゃ! じゃあまずは――」
工房の窓から朝日が差し込み始めた頃……私はふらふらと立ち上がり、完成した腕輪を光にかざした。
「できた……できたわ……!」
朝日にきらめく金色の腕輪には、色とりどりの魔鉱石が彩られている。
私が何日も心血を注ぎ、神経をとがらせ命令式を刻み込み配置した特別な魔鉱石である。
制作者のよく目かもしれないけど、見た目も巷のジュエリーショップに売っているような品に引けを取らないだろう。
更には秘められた守護の力を持っている、この世に二つとない特別な腕輪である。
「なんとか間に合ったわ……」
「お疲れ、リラ。集合時間までまだ時間あるし、仮眠しときなよ」
「でも、うっかり寝過ごしたりしたら――」
「大丈夫だって、俺が起こしてあげるから」
優しくそう促され、徹夜で判断力の鈍っていた私はうっかり頷いてしまった。
「それじゃあ、少し休ませてもらうわ……」
「奥の部屋にでかいソファがあるからさ、そこ使いなよ」
アレスの言った通り、奥の部屋には大人が横になれるくらいのサイズのソファが置いてあったはずだ。
扉を開けると、いつの間にかふかふかの毛布まで持ち込まれている。
「アレスが、持ってきたのかしら……」
靴を脱ぎ、ソファに横になる。
無意識に毛布を手繰り寄せると、あまりなじみのない……それでも決して不快ではない香りがふわりと鼻を衝く。
……甘やかされている。
そう気づいていたけれど、私はぐずぐずとぬくい毛布の海に溺れ始めていた。
アレスがいつまでも私を助けてくれる保証はない。
学園を卒業してしまえばもうそれまでだし、あの奔放な彼のことだ。
ある日突然「もう錬金術とか面倒だわ~」なんて言って、他の学科に転科してしまう可能性だってある。
……彼に頼りすぎてはいけない、甘えすぎてはいけない。
頭ではそうわかっていても、なかなかうまくはいかなかった。
……心地いいのだ、彼の傍は。
この状態は危険だとわかっていても、ぬるま湯に身を浸し続けていたいと思ってしまう。
……もう少し、あと少しだけ。
そう自分に言い訳をして、私はそっと目を閉じた。




