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37 真夜中のサプライズ

「じゃーん! どうよ、これ」


 いつもの古い工房にて、アレスは得意げにこちらに手を差し出した。

 その手のひらには、美しい金色の腕輪が乗せられている。


「す、すごいわ……」


 おそるおそる手に取ってみて、私はその精巧な造りに感嘆を覚えた。

 美しく金色に輝く腕輪には、花や葉や蔓などを模した流麗な模様が刻まれている。

 壊される前の腕輪も見事な出来だったけど、これはその何倍も美しい。

 まるで一流の細工師の御業のような素晴らしい出来に、思わず息をするのも忘れそうになるほどだった。


「あなた、一流の細工師になれるわよ……」

「あは、それもいいかもね。そしたら二人でジュエリーショップでも開こっか」


 そんな冗談を受け流しつつ、私は検分を続けた。

 見た目は安っぽさを感じさせない重圧感があるのに、手に取ってみると驚くほど軽い。

 女性や子どもでもまったく負担にならないだろう。


「でさ、これの特徴なんだけど……ちょっと貸して」


 アレスは私の手から腕輪を受け取り、何故か床に置くと……次の瞬間、躊躇なく思いっきり踏みつぶした。


「ちょっ……何やってるのよ!」


 慌てる私ににやりと笑い、アレスはひしゃげてしまった腕輪を拾い上げる。


「まぁ見てなって」


 目を白黒させる私の目の前で、アレスは腕輪を掲げて見せる。

 すると、無惨にひしゃげていた腕輪が……少しずつ元の形へ戻っていくではないか。


「え、どういうこと……」

「問1、メタモル鉱の特性は?」

「え? えっと……形状を記憶し、衝撃を受けても元の形に……そういうことね!」


 アレスの突然の出題に反射的に答えてしまった私は、やっとその意味を理解した。

 彼はこの腕輪の成型に、形を記憶し衝撃を受けても元の形に戻る特殊な金属――メタモル鉱を使用したのだろう。


「そ、フリューゲル鉱とメタモル鉱混ぜて、金でコーティングして……こんな感じに。また壊されてもこれならもとに戻るし。いい感じじゃね?」


 へらりと笑うアレスは簡単そうにそう口にしたけれど、それが言葉でいうほど簡単なことではないと私はよくわかっている。

 金属の調合は気を使うことが多いし、長時間根気よく大釜をかき混ぜ続けなければならないのだ。

 コーティング作業だって集中してやらなければムラが出て汚くなってしまうし、なによりも卓越したセンスが問われる。

 アレスは本人も自称するように天才肌で、何事も器用にこなしてしまうけど……きっと、それだけじゃない。

 ひたすらに気を使いながら窯をかき混ぜ続けるなんて地味で面倒なこと、やる気がなければできないのだ。

 普段は飄々として掴みどころのないような性格の彼だけど、この錬金術学科の危機に……珍しく、やる気を出してくれたのだろう。


「……ありがとう、助かったわ」


 すっかり元の形に戻った腕輪を受け取り、私はしっかりと頷いた。

 アレスは自分の役目を果たしてくれた。だから今度は、私が頑張らないと!


 学園祭までの残り日数は少ない。

 残りの期間のスケジュールを確認しながら、私は決意をあらたに拳を握り締めた。



 ◇◇◇



 現在、夜10時。ちなみに学園祭の前日の夜である。

 そっと耳を澄ませ、廊下に誰もいないことを確認し……私は暗闇に紛れるようにして寮の廊下へと飛び出した。

 消灯時間を過ぎても出歩くなんて、それも、無断で寮を抜け出すなんて、とんでもない校則違反だ!

 今までの私だったら、絶対にこんなことはしなかった。

 でも……あと、少しなのだ。

 あと少し頑張れば、学園祭の開始までに間に合わせることができる。

 でもそのためには、調合用の大釜が使える場所まで行かなければならない。

 つまり私は、夜中に部屋を抜け出してあの古い工房へと急いでいるのである。


 そろりそろりと足音を忍ばせ、裏口から寮を抜け出すのに成功。

 夜の静寂に包まれた学園の敷地は昼間とはまるで別世界だった。

 少し怖いけど……私はどこか、わくわくするような高揚感も覚え始めていた。

 そういえば、アレスはよく夜に散歩してるって話してたっけ。

 その時は「とんでもない!」と思ったものだけれど、今になってみると少しだけ彼の気持ちもわかるような気がした。

 夜の散歩というのは、どうにも心が湧きたつものなのかもしれなかった。


 学園祭の前日ということで、敷地内のあちこちに普段とは違う飾り付けが施してあった。

 明日の朝が来れば、さぞやにぎやかな様相を見せてくれることだろう

 どこか新鮮な気分で、私は足早に工房を目指す。

 そして、無事にたどり着いた工房の扉を開けると――。


「あ、やっぱり来た」

「ひゃああぁぁぁ!!?」

「ちょっ、大声出すとバレるって!」


 誰もいないはずの暗闇から声が聞こえ、思わず叫んでしまったけど……すぐに件の人物が手元のランプに明かりを灯し、私はまた驚いてしまった。


「アレス!? どうしてここに……」


 果たしてそこにいたのは、既に自分の役目を終えたはずのアレスだったのだ。



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