36 深まる疑惑
アレスの言った通り、一度やったことのある作業を再び行うということは、こちらに経験値がある分一度目よりも大幅に時間が短縮できる。
もちろん、壊されてしまった分の素材の調達や加工は大変だけど……私は早朝や授業後、寮に帰ってからも徹夜で作業に励んで、着実に工程を進めていった。
「なぁ、まだやってるのかよ。もう無駄だって」
「そんなの、やってみないとわからないじゃない」
授業の合間も作業に励む私に、ぽつぽつと周囲から声がかけられる。
でも、私はそんな声にも手を止めなかった。
錬金術学科の生徒たちは、例の一件で熱意を失われた者が多いようだった。
それも無理はない。
みんな、必死で頑張っていたのだ。
それを、理不尽な方法で無茶苦茶にされて……平気でいられるはずがない。
もう一度頑張っても、また壊されてしまうかもしれない。
きっと彼らは、そんな思いから再び一歩を踏み出すことができないのだ。
でも、だからこそ……私は負けたくなかった。
――『そんなに雑用が好きなら、うちの召使いにしてやろうか? 好きなだけ雑草をむしらせてやるよ!』
かつてクラウスに投げつけられた言葉が頭に蘇る。
負けたくない。見返してやりたい。
私がここで諦めて、錬金術師にはなれずに中途半端に終わったら……クラウスは「それ見たことか」と私を笑うのだろう。
私の方にゴミを投げつけ、「拾ったら召使にしてやるよ」と嘲るだろう。
彼はそういう男なのだ。
もっとも恐ろしいのは、家からも勘当され、どこにも行く宛ての無い私が彼の言葉に縋ってしまいかねないこと。
そんなのは絶対に嫌だ。だから……絶対に、いい成績を修めて立派な錬金術師として自立しなければ。
その為には、この学園祭を絶対に成功させないと……!
クラウスのことを考えてむかむかしていた私は、不意に気が付いた。
そういえば、錬金術学科の生徒たちの展示物が滅茶苦茶に壊されたあの日……授業後に、私はクラウスとコリンナの二人が錬金術学科の棟の方へ向かうのを見たのだった。
あの時は二人っきりになりたいのだと思って、深く気に留めることもなかったけど……。
「まさか、ね……」
時間的にいえば、二人が錬金術学科の棟へ向かった後に、あの事件が起きたことになる。
そういえば少し前に、私はコリンナとクラウスの二人に文句を付けられ絡まれたことがあった。
もしかしたらあの二人は、私に嫌がらせをするためにあんなことをしたのでは……。
そんな考えが頭に浮かび、思わず悔しさに唇を噛みしめた。
……駄目だ、証拠がない。
勝手な思い込みで動いても、相手の思う壺だろう。
それに、今は犯人探しをしている時間もない。
「お前が犯人だ」という証拠を突きつけるのではなく、ちゃんと学園祭を成功させて「私はあんな妨害には屈しない」というところを見せつけてやらなければ!
ますます必死に作業にのめり込む私に、周囲の生徒たちは気まずそうに顔を見合わせていた。
「あれ……」
あれから何日か経ち、朝教室へやって来た私は異変に気づいた。
あきらかに、普段よりこの時間に集まっている生徒が多いのだ。
皆必死に手元の作業に集中したり、真剣な顔で何事かを話し合ったりしている。
首をかしげていると、同じように登校していたハンスが近づいてくる。
「おはよう、リラ」
「おはよう、ハンス。まだ早い時間なのに今日は随分と人が多いのね」
「あぁ、みんな君が頑張ってるのを見て、やる気になったみたいだよ」
「えっ?」
驚く私に、ハンスはくすりと笑う。
「君が必死に頑張っているのに、自分たちだけいつまでも落ち込んでたら情けないだろ、ってさ。もちろん俺も、あんな妨害に屈するつもりはない。もう一度優勝目指して努力するのみだ」
その言葉を聞いて、胸の辺りがじんわりと熱くなる。
……大丈夫、私のやってることは無駄じゃない。
いつかきっと、確かな成果に結びつくはず!
「そうね……! 前以上に頑張らないと!」