35 絶対にあきらめない
「なに、これ……」
目の前の信じがたい光景に、私はふらふらと力なく教室に足を踏み入れた。
貴重なポーションが入った瓶の数々は床にたたきつけられ、中身がこぼれて無惨な姿をさらしている。
魔力を帯びた爆薬の数々は無理やり爆発させられたのか、壁や床が大きく損傷しているところもあった。
私とアレスが作っていた腕輪も……見るも無残にひしゃげ、私が苦労して命令式を刻んだ魔石も、粉々に砕けていた。
……どうして、こんなことになってしまったの?
昨日は、ハンスの提案で一度皆の進捗状況を確認するということで、この教室に作成中の道具を持ちより、色々と意見を出し合っていた。
「もっとここをこうしたら……」と話し合っているうちに夕方になってしまったので、続きはまた明日、ということで解散になったはずだ。
「確かに鍵は閉めたんだ! でも、朝になって来てみたら壊されていて……」
何人かの生徒に詰め寄られたハンスが力なくそう呟き、握り締めていた拳を開く。
彼のてのひらの上には、無理やり破壊されたような錠前の残骸が乗せられていた。
その悲惨な姿に、私はぞっとしてしまった。
あの錠といい、この教室の惨状といい、いくらなんでもひどすぎる……!
ただ単にむしゃくしゃして目についたものを壊そうとしたんじゃない。
犯人は間違いなく、私たち錬金術学科に狙いをつけてやったのだ。
「なんで、なんで俺たちなんだよ……」
「錬金術学科なんて、優勝候補からは最も遠い存在なのに」
「邪魔するならもっと他の学科とかあるだろ……」
自嘲するように誰かがそう呟き、嘲笑にも似た乾いた笑いが広がる。
……皆、もうあきらめているのだ。
せっかくやる気になって、みんなで頑張っていたのに……誰かの悪意でこんな風に台無しにされて、気力までもを失ってしまったのだろう。
私も力なくしゃがみ込み、めちゃくちゃにされてしまった腕輪の残骸をそっと拾い上げる。
外部の人にとっては、ただのガラクタに見えるのかもしれない。
でも、間違いなくこの教室に集められていた品々は、皆の努力の結晶なのだ。
それを踏みにじられるような真似をされれば……気力がわいてこないのも当然だ。
手のひらに乗せた腕輪の残骸を、そっと撫でる。
この腕輪を作るのに要した時間を、努力を、希望を思い出して……少しだけ、泣きたい気分になりそうだった。
だがその時、場違いに能天気な声が教室に響き、一気にそちらに注意を持っていかれてしまう。
「おはよー。……あれ、みんな葬式みたいな顔して何?」
一斉に非難の視線が突き刺さっても、アレスは気にすることなく私のもとへとやって来る。
そして、私が手にしていた腕輪の残骸を目にすると、たいして驚いてはいないかのように呟いた。
「ありゃりゃ、これはひどいな」
「……皆の作った物が、残らず壊されていたの。誰が犯人かはわからないけど」
「ふーん」
アレスは怒るでも落ち込むでもなく、私の手から腕輪の残骸を受け取りながら呟く。
「じゃあ、次はもっと警備を万全にしないとな」
「次って……」
「え、もう一回同じの作るだろ?」
当たり前だとでもいうように彼が口にした言葉に、私は驚いてしまった。
まさか面倒くさがり屋のアレスが、そんな「同じ物をもう一度作り直す」なんてきわめて面倒でつまらない作業を自発的に行うとは思わなかったのだ!
「おいおい、今からやって間に合うわけないだろ……」
「下調べは終わってんだから、一回目ほど時間はかかんねぇだろ。死ぬ気でやれば間に合う」
「それに、どうせ頑張ったって錬金術学科が良い成績を残せるはずがないんだ。やるだけ損だよ」
「はぁ? どこの誰だか知らないけど、俺たちのことを脅威だと思ったからこそこんなことやったんだろ。まんまとそいつの思い通りになる方が俺は嫌だね」
諦めさせようとする周りの声にも動じずに、アレスが私に手を差し出す。
反射的にその手を取ると、彼は私を支えるようにして立ち上がらせてくれた。
「行こ、リラ。今からやれば絶対間に合うよ」
その言葉に、周囲と同じように諦めかけていた私の心が、再び上を向く。
そうだ、最初からあきらめてどうする。
いったい誰がこんなことをしたのかは知らないけど、思い通りになんてなってやらないんだから!
「そうね。絶対、間に合わせるわ……!」
次の瞬間にはもう、私はいかに最短の時間で再び作業を進めるかを思い描いていた。
今は一秒だって惜しい。落ち込んでいるくらいなら、少しでも前に進まないと。
「お前らもさぁ、卑怯なやつに馬鹿にされたままで悔しくねぇの? 俺だったら壊される前よりもっとすごいの作って見返してやるけどな」
まるで挑発するように、アレスは固まったままの生徒たちにそう言い放つ。
その言葉にハンスが再び顔をあげたのを横目で見ながら、私は足早に教室を後にした。