34 踏みにじられた努力
「あなたもアレスも関係ないわ。私はただ、一人で立派な錬金術師を目指すだけよ。本当にあなたとコリンナさんの邪魔をするつもりはないから、私の邪魔をするのもやめて!」
それだけ言い放つと、私はその場から駆け出した。
ひとけのない校舎裏に身を隠し、ずるずるとその場に座り込んでしまう。
――「お前は騙されてるんだよ」
――「あいつに期待しても無駄だ」
クラウスの不快な声が、耳にこびりついて離れない。
別に、クラウスが言うような期待を彼にしているわけじゃない。
ただ……彼が何故この国に来たのか、帝国でどんな生活をしていたのか、私はまったく知らなかった。
アレスは口数が多いわりに、その辺りのことは決して話そうとしない。
私も無理に聞き出すようなことはしなかった。
それで、今までうまくいっていたのに……。
「……別に、関係ないわ」
アレスが何者だろうが関係ない。
卒業すればそれまでの関係だ。私は錬金術師としての道を歩んでいく。
それで、いいはずなのに……何故だか、胸が痛かった。
◇◇◇
「おはよ、リラ。今日はゆっくりだけど寝坊でもした?」
遅刻寸前になんとか教室までたどり着いた私に、アレスがからかうように声をかけてくる。
そのあまりにいつも通りの様子に、なんだか一人で身構えていた自分が恥ずかしい。
「……おはよう」
言葉少なに席に着くと、今度はハンスが近づいてきた。
「リラ、今日の授業後に、一度皆で展示物を集めて進捗状況を確認することになっている。君も準備しておいてくれ」
「えぇ、わかったわ。取りまとめお疲れ様」
そう労うと、ハンスははにかむように笑った。
「……あぁ、君も何かあったら是非相談してくれ! なんならすぐにでも――」
「はいはい、お前は別の班だろ。まずは自分の班のを終わらせてからそう言えよ」
「ぐぬぬ……」
前のめりになったハンスを、すぐさまアレスが追い返す。
ハンスの心配はありがたいんだけど……私たち、そんなに進行が遅れてると思われているんだろうか。
「魔鉱石の調整は少しずつ進んでるわ。あなたの方は?」
「けっこういい感じ」
「じゃあ、いったんこの状態でハンスに提出しましょ。まだ学園祭までに時間はあるから、十分間に合うはずよ」
そうだ。余計なことを考えている暇はない。
今はとにかく、学園祭を成功させることを考えないと!
今日だけはゆっくり休もうと寮への道を歩いていると、不意に前方に見たくない人影が見えてしまった。
――クラウスとコリンナ。
私を悩ませる例の二人がまた顔を突き合わせるようにしていちゃついていた。
はぁ、あんなに熱々なんだから……無理に私を悪役にして燃え上がらなくてもいいじゃないの……。
二人がどこかへ向かって歩いていくのを見送り、私は物陰で小さくため息をついた。
あれ、そういえば二人が向かったのは錬金術棟の方角だけど……まぁ、あのあたりは人が少ないから、ゆっくり二人っきりになれる場所を探しているんだろう。
二人に気づかれなかったことに安堵しながら、私はのんびりと寮へ向かった。
◇◇◇
だが翌日、登校していた私を待っていたのは最悪の状況だった。
「どういうことだよ!」
「鍵はしてなかったのか!?」
「もう、間に合わないじゃないか……」
昨日ミーティングを行ったばかりの錬金術学科の教室から、何やら揉めるような声が聞こえてくる。
釣られるようにして足をはやめた私は、その向こうに見える光景に絶句した。
昨日、学園祭に向けて皆の成果物が集められたその部屋がめちゃくちゃに荒らされていた。
若き錬金術師たちの努力の結晶は……見る影もないほど、無惨に壊されていたのだ。