33 目障りな留学生
腕輪には魔鉱石をはめ込み、魔力の無い人でも念じただけで魔法が発動するような仕組みにするつもりだ。
しかし、これが中々難しい。
何度も試行錯誤を繰り返し、私は朝から晩まで暇さえあればそのことを考えていた。
「もっと命令式を単調にしないと……。それでいて盾の出現方向を間違えないようにしないといけないから――」
移動中もそのことばかりを考えていて、ぶつぶつ呟きながら寮の廊下を歩く。
「そうだわ、そことあそこの式を繋げれば――」
「……ちょっと」
不意に背後から声をかけられ、私は二、三歩進んでから慌てて振り返った。
果たしてそこにいたのは、クラウスの浮気相手の彼女――コリンナだったのだ。
「無視するなんていい度胸じゃない」
どうやら気づかないうちに彼女とすれ違っていたらしい。
コリンナは不快そうな表情を隠しもしないで、嘲るような笑みを浮かべている。
普段だったらその表情に臆していたかもしれないけど……正直、今はそれどころじゃないんだよね!
「ごめんなさい、気が付かなくて。何か用かしら」
用件は手短に済ませて欲しい……という思いを込めてそう問いかけると、コリンナは一瞬ぽかんとした表情になった後、不快そうに顔をしかめた。
「なによ、その態度。最近妙に色気づいてきたし、クラウスの興味を惹こうと必死ね」
あまりに見当違いな言葉に、今度は私がぽかんとしてしまった。
目の前のコリンナはそんな私の変化には気づかずに、勝ち誇った笑みを浮かべたまま、続ける。
「錬金術師学科なんてところに進んだのも、変わった行動を取ればクラウスに関心を持ってもらえるとでもと思ったんでしょ。本当に無様で惨めだわ!」
甲高い声で笑うコリンナに、廊下を通りかがる生徒がちらちらと奇異の視線を投げかけている。
あの、私よりもよっぽどあなたの方が変わった行動を取ってると思うんですけど……。
「あなたが何をしたって無駄よ、クラウスは決して――」
「あの、勘違いをしているようだから言っておくけど、私はクラウスによりを戻してほしいなんて全然思ってないので!」
「……は?」
「クラウスとあなたの邪魔をするつもりはないから安心して。むしろ、私たちはお互いできるだけ関わらない方がうまくいくと思うの。それじゃあ、先を急ぐので失礼するわ」
一息にそうぶちまけると、私は呆気にとられるコリンナを放置してその場を立ち去った。
……よし、言ってやった!
コリンナからすれば、私は恋人の婚約者。
「本当に愛されてるのは私の方なのに、あの女が汚い手で彼の気を引こうとしてるの……!」と思いたい気持ちもわからなくはないけど……。
「まっっっったく、その気はないんですけど……」
どうぞ、クラウスとよろしくやっていただければ何よりだ。
学園を卒業するころには婚約破棄の手続きも済んでるかと思われるので、コリンナも大手を振ってクラウスの新たな婚約者になればいい。
お互いに別の人生を歩いていく。それで、いいじゃない。
私はそう思っているのに……。
「おい、話は聞かせてもらったぞ。お前、コリンナに嫉妬して嫌味を言ったそうじゃないか!」
翌日、今度はクラウスに絡まれ私はうんざりしてしまった。
まったく……何でこの人たちは、二人だけの世界で話を完結させてくれないの?
「……言っておくけど、大きな誤解よ」
「口では強気なことを言っていても、本心では俺のもとに戻りたがってるわけか」
「…………はぁ」
何でこの人たちは、人の話を聞かないの?
「ふん、随分と可愛げが出てきたじゃないか! もっと早くにそうすればよかったものを」
クラウスときたら寮から校舎へと続く、人通りの多い場所で私を捕まえたのだ。
おかげでちくちくと通りがかる人たちの好奇の視線が突き刺さる。
はぁ、早く解放してくれないかな……。
「一応言っておくと、私の意志は変わらないわ。あなたには予定通り婚約破棄してもらって構わないから、それぞれ別の道を歩みましょう」
「……そうやって、また思ってもないことを言って俺の気を引くつもりか? それで、失敗したらあの目障りな留学生に乗り換えるつもりか?」
――目障りな留学生。
その言葉だけで、私はすぐに誰のことを指しているのかわかってしまった。
自分ではわからなかったけど、きっと表情に出てしまっていたのだろう。
私の変化を見て、クラウスはにやりと笑う。
「冷静に考えてみろ、リラ。なんでわざわざ、帝国の奴がこんな小国に留学に来る必要がある? 答えは簡単。向こうで何かやらかして、居づらくなったに決まってる。お前は騙されてるんだよ」
「……彼は、ただの同級生よ。それ以上でも以下でもないわ」
「あいつに期待しても無駄だ。いざとなったら、あっさりお前を捨てるに決まってる」
「……いい加減にして!」
思わず、そう叫んでしまった。
私のことなら、何を言われても平気なのに。
彼がアレスのことを口にするたびに……らしくもなく胸がざわめいてしまう。