32 護身の腕輪
学園祭を控え、学園内はいつになく熱気に包まれている。
どの学科の生徒も学習の成果を大々的に披露しようと精を出し、遅くまで校舎に残る生徒たちの姿を見ることができる。
もちろん私も、やるからには優勝を狙おうと日々精を出していた。
今日は古いアトリエの中で、作戦会議だ。
「やっぱり、外部から来るお客様の目を引く物にしたいわね……」
おそらくやって来るのは、大半が貴族や国の要職に就いている者だ。
目は肥えているだろう。
そんな人たちを唸らせるような、何か……。
「まぁ、そこまで難しく考えなくてもいいんじゃない?」
うんうんとノートとにらみ合う私に、アレスがお茶を淹れてくれた。
気遣いは嬉しいんだけど……どうせならアイディアを出してほしいものだ。
「あなたも何かないの? 皆が驚くような斬新なアイディアとか」
「うーん、どうせならそういう奇抜な物より、使いやすくて便利なものがいいんじゃない?」
「それはそうだけど……」
その使いやすくて便利なアイテムが、思いつかないから困っているのである。
「まぁ、まだ時間はあるんだからゆっくり考えなよ」
「でも、こういう時ってだいたい直前にトラブルが起きるじゃない。余裕を持ってスケジュールを進めていきたいわ」
前回の自由課題の時は、ハンスのグループの危険な実験に巻き込まれて危うく大変なことになりかけたし……。
思えばこの学園に入学してから、私は随分と波乱万丈な日々を送っている気がする。
屋敷の中に閉じ込められ、何の変化もない日々を送っていた頃から見れば嘘みたいだ。
将来の不安とか、悩みの種は尽きないけど、今の私は確かに充実を感じていた。
トラブルだらけの日々だけど、今のところはなんとかなってるしね……。
「でも、さすがにオーガに遭遇した時は死ぬかと思ったわ……」
結局あのオーガは他に仲間はおらず、一頭だけこの山に迷い込んだようだった。
なんとか生徒たちに被害が出る前に倒せたけど、一歩間違えれば私だって死んでいたかもしれない。
錬金術学科って、戦闘魔術科や召喚魔術科に比べると戦闘訓練はほぼないから……私も錬金術師を目指す以上は、ある程度身を護る手段を持っていた方がいいかもしれない。
そうだ、身を護る手段……!
「誰でも、自分の身を守れるような道具を作るのはどうかしら!」
私の言葉に、アレスはきょとんと目を丸くした。
「身を護る道具?」
「そうよ。誰だって、思いもよらないところで危険な目に遭うかもしれないでしょ? だから、いざという時に自分の身を守れるような道具を作るの。戦う力のない人や、子どもでも簡単に扱えるようなものを……」
あぁ、でもどんなものがいいだろう。
いきなり鎧に着替えるような道具とか……いや、それは難しいかな?
思いついたアイディアを次々とノートに書き留めていると、背後からアレスがひょこっと覗き込んできた。
「いい感じじゃん、リラ」
「あなたも何かアイディアはないの?」
「う~ん、身を護る道具かぁ……。でかい盾とか作ったら強そうじゃね?」
「力のない人や子どもでも扱えるものって言ったじゃない……。あれ、待って、でも……」
良い考えを、思いついてしまったかも!
「ありがとう、アレス。冴えてるじゃない」
「え、マジで?」
ぽかんとするアレスに、私はくすりと笑ってしまった。
◇◇◇
不覚にもアレスのおかげで良いアイディアが浮かんでしまったので、私はさっそく新たな魔法道具作りに着手した。
今回作るのは、目の前に盾を出現させて身を護る、護身用の魔法道具だ。
もちろん、本物の盾なんてすぐには使いこなせないだろう。
だから……魔力の盾を作り出す、少し難易度が高めのものに挑戦するのだ。
「魔法の力を込めた巻物ってあるでしょう? 文字に魔力が刻まれていて、読むだけで誰でも魔法が使えるの。今回はその応用ね」
お客さんが貴族ばかりなのも考慮して、道具の見た目にも気を使うことにした。
誰でも身に着けることのできる装身具――腕輪に魔石をはめ込み魔術文字を刻んで、常に身に着けてもらうことでいざという時に対処できるように……という寸法だ。
「その……腕輪のデザインはあなたに任せるわ。私よりも、あなたの方がそういうセンスはよさそうだから」
この前の魔鉱石ランタンの一件でわかったことだけど、アレスはちゃらんぽらんな性格の割に、美的センスは一流なのだ。
一応侯爵令息なので、幼い頃からそういった感覚は洗練されてきたのだろう。
見た目でも興味を持ってもらえるような腕輪をデザインして欲しいと頼み込むと、アレスはにやりと笑った。
「いいよぉ。リラに似合うようなの作ったげる」
「だ、だから……私だけじゃなくて誰でも使えるようなものをね……!」
「わかってるって」
にやにや笑うアレスから視線を逸らし、私は小さくため息をついてしまった。
まったく……彼の言葉に意味なんてないことを、私はちゃんとわかってるはずなのに。
きっと彼は、自分の言葉で私が慌てふためくのがおもしろいのだろう。
だから、わざと混乱させるようなことを言っているのに違いない。
そう……意味なんてない。
「私に似合うように作る」なんて、ただの戯言でしかないんだから。
そうわかっているのに、私は無意識に頭に手をやってしまった。
……アレスに贈られた、あの髪留めの感触を確かめるかのように。