31 学園祭のアイディア
「リラ、参考書のここの記述だけど……」
「えぇ、そうね。この部分は――」
あの学内コンテストの一件以来、ハンスは私に対して随分好意的に接してくれるようになった。
彼は真面目な努力家で、成績もうかうかしていたら抜かされてしまいそうなくらい優秀だ。
そのおかげで、彼との議論は実に建設的だ。
打てば響くように言葉が返ってくる。
疑問に思っていることをぶつければ、彼なりの解釈を述べてくれる。
アレスとはまた違う学友の存在は、私に新しい刺激を与えてくれる。
ハンスは立派な錬金術師になるという夢に向かって、日々努力しているのだ。
私も負けないようにしないと!
「そういえば、そろそろ学園祭の季節だけど何か考えてるかい?」
「そうね……どうせなら、錬金術の魅力をアピールできるようなものがいいとは思うけど……」
「え、なになに? 祭り?」
ハンスとの会話が学園祭の話題に入った時、近くを通りがかったアレスが割って入って来た。
「もうすぐ学園祭の季節じゃない」
「へぇ、そうなんだ」
「そうなんだって……あなた、知らなかったの?」
きょとん、とするアレスに、私は少し呆れてしまった。
まったく、わざわざ帝国から留学してきている割には、その辺に興味はないのかしら……。
「この学園では年に一度、外部のお客様も招いての学園祭が開かれるの」
普段はあまり外部との接点がない学園だけど、学園祭の開催期間中だけは学生の関係者や国の要人など、多くの者がこの場所を訪れる。
ふもとのラクシュタットの街も、多くのお客さんを見込んで張り切るんだとか。
学園祭のメインは、各学科、学年ごとの出し物だ。
私は話にしか聞いたことがないけど、それぞれのクラスが工夫を凝らして、様々な出し物を披露するのだとか。
召喚術学科なら召喚獣を用いた魔術ショー、社交魔術科なら外部の方をお招きしてのお茶会、……などなど。
出し物の内容は皆で話し合って決めることになっているので、そろそろ案を考えておかなければならないのである。
「私たち錬金術学科一年の出し物も、どうせなら皆様に喜んでいただけるようなものにしたいじゃない。あなたもちゃんとアイディアを出してよね」
「ふ~ん、そうなんだ」
「最終日には学科に対しての投票があるから、皆で優勝を目指すのよ。まぁ……錬金術学科は錬金術自体がマイナー学問なこともあって、今まで優勝したことはないらしいけど……」
学園祭にやってくるお客様は、学園の生徒の関係者……つまり、貴族ばかりなのである。
当然、錬金術なんかは「下々の労働」だと思われているから、評価は低い。
優勝どころか、毎年最下位争いの常連なんだとか……。
「へぇ、優勝したいの?」
「当たり前じゃない! 優勝すれば錬金術の評価も高まるし、名声だってあがるはずよ」
そして、あわよくばどこかの工房から引き抜きも……夢じゃない!
なんにせよ、優勝を目指すに越したことはないのだ。
「だから、あなたもちゃんと考えておくのよ。どうすれば優勝できるのか」
「わかったよ」
悔しいけど、彼が本気を出した時は天才的な力を発揮するのだ。
こうやって言ってもやる気を出すかどうかはわからないけど、きっとアレスが本気になれば勝率は上がるだろう。
そして、実際に出し物を決める日がやって来た。
私たち錬金術学科一年の生徒は、教室に集まって次々とアイディアを出していく。
「ポーション一気飲み大会とかは?」
「地味すぎるし、中毒になったりしたら困るだろ、却下」
「調合実演なんかはいいんじゃないか?」
「うーん……悪くはないが、それも地味じゃないか? 外部から来た客がわざわざ見たがるとは思えないな……」
「爆薬を調合して目の前で実演だ! 錬金術の底力を見せてやれ!」
「危険すぎるので却下」
なかなか話し合いはまとまらない。
確かに錬金術の成果を目に見える形で見せるのって、なかなか難しそう。
私なんかは調合実演もおもしろそうだって思うけど、確かに地味といえば地味だ。
他の学科の華やかな出し物と比べると、ちょっと格落ち感は否めないんだよね……。
「リラは何かいい案はある?」
ハンスに話を振られ、私はふむ……と思案した。
錬金術の成果を、誰にでもわかるような形で見せるのなら――。
「魔法道具を、作って展示するのはどうかしら」
「魔法道具?」
「えぇ、魔法道具って便利なのに、いまいち知名度が低いじゃない」
庶民からすれば魔法道具は高価すぎて手が出せないし、貴族からは錬金術師の評価自体が低いのでなかなか用いられることも少ない。
そんな魔法道具を展示して、少しでも知名度が上がるようにしてはどうだろうか。
そんな私の提案に、ハンスは快く頷いてくれた。
「なるほど、それはいい案かもしれないな」
「前の自由課題の時みたいに、班ごとにそれぞれ異なる道具を作ってみてはどうかしら。お客様を意識するのだから、気を付ける点は……」
「誰でも使えるようにすること」
急に口を挟んできたのは、私の隣でうたたねをしていた問題児――アレスだった。
「あなた、起きてたの」
「数十秒前にね。外部の客向けに魔法道具を作るなら、誰でも……それこそ魔力の無い奴や子供でも使えるようなものにした方がいい。ただでさえ錬金術師って凝り性だから、せっかく魔法道具を作っても使い方が難しすぎて当人以外は理解できなかったり、コスパ完全無視でごてごて機能盛りすぎたりするだろ。それよりも、まったく錬金術を知らない奴が初見で使えるような物の方が客向けにはなる」
アレスの意見に、何人かの生徒が心当たりがあったのか、視線を逸らした。
確かに……錬金術師って職人気質の人が多いから、ちょっと凝りすぎちゃうところがあるんだよね……。
どんなに高性能な魔法道具を作っても、何も知らない人から見たらちんぷんかんぷんなのかもしれない。
あえてシンプルイズベストを目指し、誰にでもわかりやすく、実用的な物の方が評価は高まりそうだ。
「……なるほど。たまにはいいこと言うじゃないか。皆、異論はないな?」
皆が頷いたのを確認して、取りまとめ役のハンスは高らかに言い放った。
「よし、基本的な進め方はこの前の自由課題と同じように進めてくれ。とりあえず設計書が出来た時点で僕に見せるように。では……優勝目指して、手を抜くなよ!」
周囲を見回せば、皆やる気になっているようだった。
私もぐんぐんとやる気が出てきたし、また頑張らなきゃ!
「あなた……ちゃんと学園祭のために色々考えていてくれたのね」
その日の夕方、ぶらぶらと寮に向かいながら、私はアレスにそう話しかけた。
話し合いが始まったそうそうにうたた寝なんてし始めたから、よっぽどやる気がないのかと思いきや……ちゃんと、考えていてくれたようだ。
「いや、前リラと一緒に魔鉱石のランタン作ったじゃん。あれが評価高かったのって、やっぱり一目見て用途がわかるし、誰にでも使いやすかったところだと思ったんだよ」
「そう言われてみれば、確かに……」
私は「自分だったらこんな魔法道具が欲しい!」ということしか考えてなかったけど、そのおかげで思った以上に実用的なものに仕上がったのかもしれない。
「やっぱりさ、『誰かのために』って考えるの、大事だと思うんだよね」
ぽつりと彼が呟いた言葉に、私は静かに同意した。
「そうね……」
材料と調理方法が同じなら、出来上がる料理は同じものだ。
でも、「誰かのため」という思いが、まったく無駄になるわけじゃない。
アレスのおかげで、私は大切なことに気づかされたのかもしれない。
そっと夕陽に照らされたアレスの横顔を盗み見ると、彼は珍しく愁いを帯びた表情で、どこか遠くを見つめていた。