3 ままならない調合実習
本日は錬金術学科に入学して初めて、実際に調合の授業が行われる。
期待に胸を膨らませながら、私は広々とした実験室へと足を踏み入れた。
実験室には大釜や蒸留器、細工道具や乳鉢、乳棒など、錬金術に必要な道具が所狭しと置かれていた。
これは……昔見た、錬金術師の工房と同じだ……!
昔、父に連れられ街に出た時に、たまたま錬金術師の工房を見学する機会があった。
ポコポコと大釜の沸騰する音、フラスコに溜まっていく様々な色の薬、ぱちぱちと火花が散ったかと思うと、出来上がる魔法道具……。
錬金術師の鮮やかな御業に、幼い私は時間も忘れて夢中になった。
あの後お母様に「錬金術師になりたい」って言ったら、ものすごく怒られたっけ……。
しばらくは屋敷からも出してもらえなくなったしね……。
そんな苦い思い出を振り返りながら、決められた席に着く。
「ガリ勉ちゃん一緒にやろうよ」
「授業の班分けは先生の方で決められているわ。あなたはあっちよ」
「ちぇ、つまんねぇの」
幸いにも別の班に振り分けられたアレスを追い払い、私は同じ班の者たちに軽く挨拶する。
皆ぎこちなく挨拶を返してくれたが、その表情からは「何故伯爵令嬢がこんなところに?」という奇異の念が簡単に見て取れた。
仕方がない……か。
逆の立場だったら、きっと私も同じことを考えるでしょうしね。
貴族令嬢の気まぐれなお遊びでないということを、言葉ではなく行動で証明しなければ。
そう意気込んで、頭の中でしっかりと予習した手順を反芻する。
やがて教師が入室し、私はピッと背筋を正した。
本日調合するのは、ごくごく簡単な回復薬だ。
いくつかの植物素材を加工し、大釜で煮るという手順は、何度も教科書を読んで予習済みだ。
教師の合図とともに、生徒たちは一斉に実験室の奥に備え付けられた棚へと素材を取りに立ち上がった。
私も立ち上がろうとしたが――。
「あっ、俺が取って来るからいいよ。座ってて」
「え、えぇ……ありがとう」
同じ班の男子生徒にそう止められ、反射的に再び腰を落としてしまう。
だがすぐに我に返り、悔しさに唇を噛んだ。
うぅ、高品質の素材を見分ける方法、実践したかったのに……!
図鑑で習得した知識を実践する良い機会だったのに、うっかり出遅れてしまった。
……まぁいいわ。これからいくらでも機会はあるんだもの。
それよりも、今はクラスメイトとうまくやる方が大事だ。
私は大人しく、素材の加工に必要な機材の準備を始める。
素材を取って来た生徒も加わって、いよいよ本格的な作業開始だ。
「えっと、次は……」
「スイートグラスの葉は細かく刻んで、アロエベラは中のゲル状の葉肉を取り出すの。私がやって――」
「いや、俺たちがやるからいいよ。怪我でもしたら大変だろ?」
葉を刻むためのナイフを手に取ろうとしたところ、横にいた男子生徒に素早く取られてしまった。
えっ、ちょ……なんで!?
一瞬呆気にとられたけど、慎重に言葉を選んで静かに抗議する。
「いえ、私にもやらせて欲しいの。今は実践の授業なのだから、自分の手でやらなければ意味はないわ」
そう言うと、目の前の男子生徒はあからさまに面倒くさそうな顔をした。
その表情に息を飲むと、彼は呆れたように告げる。
「失礼だけど、もっと自分の立場を考えるべきでは? 伯爵家のお嬢様に怪我なんてさせたら、僕たちの立場がないんだよ」
まるでお前がここにいること自体が迷惑だ……とでも言いたげな言葉に、私は静かに拳を握り締めた。
……悔しいことに、目の前の彼の言いたいことも理解できてしまったから。
「…………そう、わかったわ。出しゃばってごめんなさい」
心を押し殺してそう伝えると、男子生徒たちはあからさまにほっとしたような表情になった。
彼らが慣れない手つきで材料を加工していくのを、時折口を挟むのにとどめつつ見守る。
「できたっ!」
やがて大釜の中で出来上がったのは、綺麗な緑色の薬――回復薬だ。
回復薬を瓶に詰め、教師に提出することで今日の課題は完了する。
私の班に与えられた評価は、100点満点中75点だった。
互いに苦労を労いあう班員たちを尻目に、私は悔しさを噛みしめていた。
結局、私は何もできなかった。
あの場でもっと抗議することもできたけど、そうしなかった。
私が伯爵家の令嬢で、名門侯爵令息の婚約者だというのはまぎれもない事実なのだから。
私の身に何かあった時に、立場の弱い彼らの責任が問われないかどうかは保証ができないのだ。
……このままじゃ駄目だ。
もっと、やり方を考えないと……!
もちろん私は、このままただ見てるだけのポジションに甘んじるつもりは無い。
なんとかして、自分で錬金術を学び実践する方法を探さなければ。
そう考えた時だった。
「うわっ、何だこれ!」
実験室の一角で悲鳴が上がったかと思うと、ボンッと大きな爆発音が聞こえた。
とっさにしゃがみ込み、机の下に避難する。
「おい、何が起こった!」
教師が慌てたように爆発があったグループの元へと駆け寄っていく。
安全を確認して机の下から這い出た私も、その行方を見守った。
「あはは、何か変な石みたいなのできた」
「……シュトローム。大釜の中に何を入れた? まさか説明した以外の材料を入れたのではないな?」
「あー、何かあそこに綺麗な粉があったから入れました。この石もめっちゃ綺麗じゃね?」
そう言って笑うのは、錬金術学科の問題児――アレス。
彼の手には、キラキラと金色に輝く石が握られていた。
……どう考えても、回復薬の材料を入れて出来上がる物ではないんですけど?
「お前は後で反省文だな。しかし偶然陽光石を作り出すとは運のいい奴め……。まぁいい、とにかくすぐにこの場を片付けろ!」
教師がパンパンと手を叩き、アレスと同じ班の生徒たちはぶつくさ文句を言いながら片づけを始めた。
その様子を眺めていると、不意にアレスがこちらへと振り返る。
そして、いたずらっぽく片目を瞑って見せた。
…………なんなの?
まぁ、あいつと同じ班じゃなくてよかったというべきかしら。
すぐに視線を逸らし、私は小さくため息をついた。