29 約束のサンドイッチ
「認めない、認めないわ……!」
私は帰って来たばかりの小テストを手に、怒りに打ち震えていた。
結果は満点。これだけ見れば文句のつけようもないのだが……。
「なんであなたが、満点『以上』なの!?」
思いのたけをぶちまけると、私の目の前でピラピラとこれ見よがしに答案用紙を見せびらかしていたアレスが、にやりと笑う。
「いやぁ? 途中で出題ミス見つけちゃってさぁ。それ指摘したら加点貰えたってわけ」
「そもそも、前回は赤点だったじゃない。何でいきなり満点なんて取ってるのよ」
「なんかやる気出たから」
あっけらかんとそう言うアレスに、私は悔しさに唇を嚙みしめた。
彼が気分屋の天才肌であることには、私も何となく気づいている。
でもまさか、いきなり満点「以上」を取るなんて!
毎日コツコツ予習復習を欠かさない私にしてみれば、なんとも腹立たしいことこの上ない。
上機嫌なアレスを尻目に、私は小さくため息をついてしまった。
「でさぁ、俺満点と加点でリラより点数上だったじゃん?」
「……だから何よ。自慢?」
「違うって、約束通り俺にサンドイッチ作ってよ」
「……え?」
まったく身に覚えのない要求に首をかしげると、アレスはいつになく必死な様子で食い下がって来た。
「約束したじゃん! 一緒に勉強してる時! リラよりいい点が取れたらサンドイッチ作ってくれるって!」
「……そうだったかしら」
……正直、覚えがない。
アレスは常日頃から私のサンドイッチが食べたいとうるさかったので、適当に「じゃあ私よりいい点が取れたらね」と言ったかもしれないけど……。
「あなた、いつも勝手に私のサンドイッチを強奪していくじゃない。何で今更食べたいなんて言うのよ」
「だってさぁ……リラが食べてるのって、リラが自分のために作ったやつじゃん?」
「何を言ってるの。そんなの当たり前じゃない」
「そうじゃなくて……俺のために、作ってほしいっていうか……」
いつになく歯切れの悪い言い方だったけど、私には彼の意図がはっきりわかってしまった。
その途端、何故だか無性に恥ずかしくなってしまう。
「だから、リラに――」
「わ、わかった! わかったから! 作ればいいんでしょ!」
「え、マジで!? じゃあ次の休みの日、二人でピクニック行こ!」
「……素材採取も兼ねてなら、いいけど」
「よっしゃ! じゃあ昼食よろしく!!」
まるで子供の用に喜ぶアレスが眩しくて、私は目をそらしてしまった。
「まったく……素材も作り方も同じなのだから、別に普段と変わらないじゃない……」
約束の日の朝、私は早くから起きてサンドイッチをこしらえていた。
普段私が自作のサンドイッチを食べていると、アレスはよくなんだかんだ理由を付けて強奪してくる。
代わりにくれるドーナッツがおいしいからまぁいいんだけど……。
とにかく、彼はもう何度も私の作ったサンドイッチを口にしたことがあるのだ。
それなのに、わざわざ私が彼のために作ったものが欲しいなんて……。
「何を思って作っても、出来栄えは一緒のはずよ……」
錬金術も料理も、素材と調理や調合方法が一緒なら、どんな気持ちで作ろうと出来上がるものは同じはずだ。
なのに……。
――「そうじゃなくて……俺のために、作ってほしいっていうか……」
アレスの声が耳に蘇り、かっと体温が上がったような気がした。
「これは卵を茹でているからであって、ごくごく自然な現象よ……!」
誰に聞かせるでもなく、言い訳のようにそう口にすると、私は額の汗をぬぐった。