28 コンテストの成果
「よし、できた……!」
氷爆弾からアイディアを得たおかげで、私は無事に魔鉱石ランタンを完成させることができた。
優雅な装飾のなされたランタンの中では、宝石のように輝くブライト鉱が美しく光を放っている。
あとは、うまく浮かんでくれれば……!
「お願い……。それっ!」
意を決して、私はランタンを宙へと押し上げた。
そのままランタンは重力に従い落下する……ことはなく、ふわふわと宙を漂っている。
「やった! 成功よ!!」
嬉しくなって振り返ると、アレスがにやにや笑いながらこちらを見ていた。
その表情に子どものようにはしゃいでしまったことが恥ずかしくなり、私は落ち着きを取り戻そうと慌てて咳払いをしてみせる。
「ま、まぁ……当然のことね。これなら好成績が狙えるはずよ」
「そうだね……やっぱりリラはすごいよ」
からかっているのかと思いきや、アレスはいつになく優しい表情をしていた。
普段の彼らしからぬ顔に、思わず鼓動が跳ねてしまう。
「二人で打ち上げしよっか。サンドイッチとドーナッツで」
「あなたはいつもそれね……」
呆れながら呟くと、アレスは子どものように笑った。
◇◇◇
結果的にいえば、私たちの作った魔鉱石ランタンは予想以上の評価を頂き、錬金術学科一年の代表として学内のコンテストへ出してもらえることになった。
迎えたコンテストの当日、会場となった講堂で私は感動に打ち震えていた。
「やっぱり上級生はすごいわね……」
展示された錬金術の傑作の数々を眺めながら、私は感嘆のため息を漏らさずにはいられなかった。
緻密に計算されつくした上質なポーションに、威力を想像するだけで震えてしまいそうな爆薬。
それに、様々な用途の精巧な魔法道具が並び、訪れる人々の目を楽しませていた。
今の私の全力を出し切ったと自負しているけど、やはり上級生には敵わない。
「私ももっとたくさん勉強すれば、こんなに素晴らしいものが作れるようになるのかしら……」
「えぇ~、今でもめっちゃ勉強してるじゃん。ほどほどでいいよ、ほどほどで」
「何言ってるのよ。向上心がなくては何も成し遂げられないわ」
コンテストの出品者の一人として、私は魔鉱石ランタンの傍で説明役を務めていた。
上級生の作ったものと比べるとかなり単純な魔法道具になるけど、身近な道具であり美しいインテリアとしても使えることもあって、訪れた人たちの評判は上々だ。
あぁ皆さま、どうかリラ・ベルンシュタインの名前を覚えておいてくださいね……!
「……綺麗なランタンですね。これはあなたが作られたのですか?」
不意に訪れた人にそう声をかけられ、私は慌てて背筋を伸ばした。
「はい、作成にはいくつかの鉱石を用いました。実用性と機能性、それに芸術性も意識したものになります」
「素晴らしい。私はあまり錬金術に詳しくはないのですが、ずいぶんとおもしろい物が作れるのですね」
そう言って、訪れたお客様である若い男性は穏やかに笑った。
茶色い髪に茶色い瞳。顔立ちも凡庸で……こういっちゃ悪いけど、一時間後には顔が思い出せるかどうかも怪しい感じ。
にこにこと魔鉱石ランタンを眺めていた男性は、不意に私の傍らであくびを噛み殺すアレスに目を止めた。
「……そちらの彼も、作成に参加を?」
「えぇ、私と彼の二人で作り上げたものです」
「ほぉ、それはそれは……」
目の前の男性が意味深に笑い、私は思わず首をかしげてしまった。
するとやっと欠伸をひっこめたアレスが、男性に視線を向ける。
「……あなたとは、初めて会った気がしませんね」
そう呟く男性に、アレスは面倒くさそうに首を振った。
「……人のこと探るんなら、自分のこと探られる覚悟もあるとみなすけど?」
「これは手厳しい。十分楽しませてもらいましたし、ここでお暇しましょう」
どうしていいかわからない私に微笑みかけ、男性は一礼して去っていった。
「ちょっとアレス! お客さんに失礼じゃない!」
何があったのかはわからないけど、さっきのアレスの態度はおかしかった。
問い詰めようとすると、アレスは小さくため息をつく。
「じゃあさぁ、さっきの男の顔思い出せる?」
「何言ってるの。そんなのあたりま……えっ?」
そこで初めて、私は異常に気が付いた。
ほんの少し前に見たばかりなのに……私はもう、あの人の顔が思い出せなかったのだ。
「何かそういう魔法かけてるんだよ。正体がバレないように。そういう時は変に関わらない方がいい」
「そんな人が何で、私たちの所に……」
「さぁ……でも、悪意は感じなかったからそんなに気にしなくてもいいんじゃない」
不安になる私とは対照的に、アレスはあっけらかんとしていた。
あれ、そういえば……あの人はアレスとどこかで会ったことがありそうな感じだったけど……。
「アレスは、あの人のことを知ってるの?」
「いや、人違いだろ」
そう言ったアレスは、何故だかあまり詮索して欲しくないようだった。
……誰にだって、秘密にしておきたいことの一つや二つくらいあるんだろう。
そう自分を納得させ、私は追及の言葉を喉の奥へと飲み込んだ。
すると、見覚えのある人物がこちらへやってくるのが見える。
「ハンス、来てたのね」
やって来たのは、錬金術学科の同級生――ハンスだった。
彼とこうして話をするのは、あの山火事未遂事件以来かもしれない。
私の目の前までやって来たハンスからは、前までのトゲトゲしい雰囲気は消えていて、どこか柔らかな空気を纏っているようだった。
「遅くなったけど、コンテストへの出展おめでとう」
「ありがとう。あなたの班の色とりどりの煙を発生させる薬も見事だったわ」
そう言って微笑むと、何故だかハンスはもごもごと口ごもってしまった。
だが意を決したように顔を上げると、彼は一歩私に向かって距離を詰めてきた。
「今日はっ……君に言いたいことがあって来たんだ!」
「な、何かしら……」
「僕の実家はパン屋で、暮らしは貧しいけど食うのに困るほどじゃない。僕は錬金術師として身を立て、いずれは大成するつもりだ。だから……いざとなったら僕のところに来てくれ」
「えっ?」
「君一人を養うくらいなら、問題な――」
「おい」
その時、私とハンスの間にアレスが割って入って来た。
常にへらへらした彼には珍しく、性急に私からハンスを引き離した。
「そういうことは大成してから言えよ。気が早ぇんだよ」
「なっ、君には関係ないだろう!?」
「お前さぁ、この前までリラのこと邪魔者扱いしてたくせに調子よすぎねぇ?」
「いたたたた……! 僕の肩を握りつぶす気か!」
目の前でじゃれあうアレスとハンスを見て、私は首をかしげてしまった。
この二人って、前からこんなに仲良かったっけ?
男同士の間柄には、私にはわからない何かがあるのかもしれない。
まぁ……仲良くなったのなら、それはそれでよしとしましょうか。
次回からちょっと更新頻度が落ちる予定です。
が、まだまだ続いていきますのでお付き合い頂けますと嬉しいです!