27 見えない努力
「なに、これ」
「氷晶石。前フリューゲル鉱を採るついでに見つけたんだ」
こんな状況なのにアレスは私の顔を見て、おかしそうに笑っている。
「リラならうまく使えるんじゃないかと思って」
氷晶石はその名の通り、氷の魔力を秘めた鉱石だ。
そうだ、氷……!
私はあらためて、箱の中身を検分した。
うん、これだけの素材があれば……即席の氷爆弾が作れるはず!
「借りるわよ!」
箱の中からハンマーを引っ張り出すと、すぐさまアレスにひったくられた。
「俺がやるよ。リラは指示出して」
「わかったわ! まずは精霊石を砕いて――」
アレスと準備を進めていると、ハンスの周りの生徒たちが慌てたように声をかけてくる。
「俺たちは何をすればいい!?」
「土を……できるだけたくさんの土を用意して! 私たちが炎を弱めるから、弱まったらすぐに土をかけて消火するのよ!」
「わかった!」
残された時間は少ない。
一刻も早く、氷爆弾を完成させないと……!
「何で、そんなに必死になってるんだ……。僕たちの過失なんだから、君は放っておいて逃げればいいだろ……」
呆然としたように立ち尽くしながら、ハンスがぼそりとそう呟く。
振り向く暇すら惜しくて、私は彼に背を向けたまま叫んだ。
「私は錬金術が好きだから! 変に問題を起こして錬金術が危険なものだなんて思われたくないのよ! それに……同じ学科に所属する者同士、変にギスギスせずに助け合うべきだわ」
ただでさえ錬金術学科は、この学園の中だと地位が低いのだ。
ここで山火事になんてなれば、他の学科の人たちに錬金術は危険な学問だと思われてしまうだろう。
それは嫌だし、何よりここでトラブルになれば私の錬金術師としての未来が閉ざされてしまうかもしれない。
錬金術は危険じゃない。
正しく使えば素晴らしい力を発揮するのだと、私が証明してみせる……!
「できた! 氷爆弾!!」
即席のいびつなものだけど、うまく効果を発揮してくれれば……!
「で、これをどうすんの?」
「あの炎の真上に放り投げて!!」
ハンスと他の生徒たちは、土を集めつつ必死に延焼を消し止めようとしている。
大丈夫。今ならまだ間に合う……!
「了解。ほらよっと!」
綺麗に放物線を描くように、アレスは即席氷爆弾を放り投げた。
氷爆弾がちょうど炎上する木箱の真上に差し掛かった時に、私は狙いをつけて《魔法の矢》を放った。
「当たって!」
狙いを違わず、私の放った魔法の矢は氷爆弾を打ち抜いた。
衝撃で、氷爆弾が作動し……炎の真上に、巨大な氷の花が咲いた。
「すっげ……」
感心したようなアレスの呟きを耳にしながら、私は必死に成り行きを見守った。
すぐに重力に引かれて、氷の花は木箱に向かって落下する。
ちょうど炎が氷の塊に押しつぶされたような形になり、炎の勢いが弱まる。
その隙を見逃さず、私は叫んだ。
「今よ! 土をかけて!」
「わかった!」
見守っていた生徒たちが、一斉に木箱に向かって土をかける。
圧倒的質量の氷、氷から解けだす水、それに……土をかけることによって、一気に炎は消沈した。
これなら、ゆっくり消火に当たれば大丈夫そうだ。
「弱まったといっても、まだ火は完全に消えてないわ。学園に戻って、きちんと消火用の道具を持って来るべきね」
「あぁ……何もかもありがとう。大事にならなかったのは君のおかげだ。感謝する」
「……同じ学科のよしみよ。先生に告げ口するようなことはしないから安心して。……それじゃあ」
口々に礼を言われ、私は一気に気恥しくなってしまった。
うぅ、こういう風にお礼を言われるのって、慣れてないんだよね……。
なんとか平静を装うと、アレスを引っ張るようにしてその場を後にする。
「ひとまず一件落着って感じかぁ」
「……あなたの氷晶石、駄目にしてしまったわね」
「別に気にしないって。あっでも、気になるなら俺にサンドイッチ作ってよ」
「何でそうなるのよ!」
「いいじゃん。俺もリラが好きなドーナッツ買ってくるからさ」
「もう……」
にやにや笑うアレスから視線を逸らすと、背後から慌てたような足音が聞こえてくる。
振り返ると、息を切らせたハンスがこちらへ駆けてくるところだった。
「どうしたの? また何か問題が――」
「いや、その……済まなかった!」
いきなりハンスが勢いよく頭を下げたので、私は面食らってしまった。
「えっ? えっ??」
戸惑う私の前で、ハンスは顔を上げる。
その表情は、どこか後悔が滲んでいるようにも見えた。
「……僕は、君のことを誤解してたようだ。お遊びで学園にいるだけなら、さっきみたいな対処はできない。僕の不始末を君に押し付けるような形になってしまい、本当に済まなかった」
「別に、いいのよ。大事にならずに済んだんだし。でも……」
言うべきか、やめるべきか。少しだけ迷った。
でも、きちんと言っておくべきだろう。
意を決して、私は口を開いた。
「確かに私は貴族の娘だけど、実家は没落間近で余裕はないわ。婚約者にも捨てられたし、いずれ実家からも勘当されるでしょうね。……何不自由ないように見えても、内情はこんなものなのよ。それだけは覚えておいて」
一息にそれだけ告げると、私は呆然としたハンスに背を向けた。
彼と私のどちらが苦労してるとか、そういう比較をするつもりはない。
ただ、私には私なりの苦労がある。そうわかってくれればそれでいいのだ。
「さっきの氷の結晶を見たら、いいアイディアを思いついたの。早く私たちの工房に帰りましょ」
そうアレスに声をかけて、私は振り返らずにその場を後にした。




