25 思わぬ成果
一日しっかり休んだら、私の体調は回復した。
たとえ一日分とはいえ、遅れを取り戻さなければ。
しかし私が復活したのとは裏腹に、アレスは授業に姿を見せなかった。
それとなく他の生徒に聞いたところ体調が悪いわけではないようなので……単に授業をサボりたかっただけなのだろう。
まったく……昨日私のお見舞いに来たのも、単に授業をサボるついでだったのかもしれない。
ちょっと見直して損した気分だ。
授業が終わると、私はさっそく古い工房に向かう。
アレスがサボっている分、私がしっかり進めておかなければ!
そんな風に憤りながら、工房の扉を開いた途端――。
「あ、リラ! もう体調は大丈夫?」
中にいたアレスに声を掛けられ、私は面食らってしまった。
何でここにいるの!?
「あなた……どうしてここに!?」
「どうしてって……リラばっかり頑張ってるから、俺もちょっとは頑張ろっかな~って」
そう言ってアレスが手に掲げた物を見て、私は思わず目を見開いた。
そこには、美しく装飾のなされたランタンがアレスの手にぶら下げられ揺れていたのだ。
全体は格調高さを感じさせる落ち着いた金色で、上部と下部にはまるでレースを編んだかのように細やかな装飾が施してある。
こんな古い工房にあるには似つかわしくない、王宮に飾られていたとしても違和感はないくらいの美しいアンティークのようにも見える。
「どうしたの、それ……」
「今日作った。終わったら授業出ようと思ったんだけど熱中しちゃってさ~、でも上手くできたし、いい感じじゃね?」
子どものように屈託なく笑うアレスに、私はおそるおそる近づく。
私の設計ではもっとシンプルなものを想定していたけど、こんなに綺麗に出来るなんて……!
でも、こんなに凝った装飾がなされていれば想定重量をオーバーしちゃってるんじゃ……。
「軽っ!?」
アレスの手からランタンを受け取り、私はまたもや驚いてしまった。
受け取ったランタンは、私の想定よりもずっと軽かったのだ。
まるで鳥の羽でも持っているかのような錯覚に陥るほどに。
「ど、どうやったの……?」
「また魔石掘りにいったらフリューゲル鉱が採れてさぁ。金粉と混ぜて調合したらそれっぽい感じになったから、あとはちょいちょい細工してこんな感じに」
アレスがさらっと告げた内容に、私は戦慄した。
「ちょっと片手間にやりました」みたいなノリだけど、羽のように軽いフリューゲル鉱は滅多に見つからない貴重な鉱石だし、調合だって難しいし、ランタンの細工だって「ちょいちょい」なんてものじゃないと思うんだけど……。
「俺疲れたからメインの部分はリラ担当ね」
そう言って、アレスはどかっと古ぼけたソファに腰を下ろした。
私の知らない間に勝手に……とか、そもそも自由課題の為とはいえ授業をサボるんじゃないとか、色々と言いたいことはある。
でも、いつもはぽんぽん出てくる文句が今は何故か、喉からは出てこない。
その代わりに絞り出されたのは、蚊の鳴くような小さな声だった。
「…………ありがとう」
今にも消えそうな小さな声だったけど、ちゃんとアレスには届いたようだ。
彼は「後は任せた」とでもいうように、ひらひらと手を振る。
……バトンは受け取った。
後は、私がきちんと仕上げなくては。
何故か泣きたくなるような気分で、私は慌てて大釜へと向かい合った。
◇◇◇
「う~ん……」
アレスがランタンを素晴らしくデザインしてくれたので、あと残るは光源部分といかに浮遊石を組み込むかになった。
だが彼のデザインが素晴らしすぎるせいで、私の仕事のハードルは上がってしまったともいえる。
光源には、ブライト鉱という淡く光る鉱石を用いることになっている。
ただ単にブライト鉱をどん!と中に入れただけでは、いくら何でも味気がない。
日々時間を見つけてはブライト鉱を研磨しながら、私は美しく見えるカットや反射具合を試行錯誤していた。
「難しいわ……」
悔しいが、美的センスにおいては私よりアレスの方が優れているのかもしれない。
「あんまり根を詰めすぎるのもよくないって。ほら、ちょっと散歩しよ?」
ひたすら鉱石と格闘している私を見かねたのか、アレスによって半ば無理やり工房の外へ引きずり出されてしまった。
「太陽の光が眩しい……」
素材採取も兼ねて、私たちはぶらぶらと学園を出て山道を歩いていく。
木漏れ日を浴びながらのんびり歩いていると、ささくれ立っていた気分がすぅっと落ち着いていくのを感じる。
……うん。たまにはこうやって気分転換するのも大事かも。
「またカブトムシいねぇかな~。リラってばすごい悲鳴上げてさぁ」
「あ、あれはいきなりだったからよ! 別に私だって虫が苦手なわけじゃ――」
そこまで言いかけた時、ドォンという爆発音とともに軽い振動に襲われ、私は思わずふらついてしまった。
「ひゃっ……」
「あっぶね! リラ、大丈夫?」
「大丈夫、だけど……今のは何?」
うっかりバランスを崩して道を踏み外しそうになったところで、アレスに支えられて事なきを得た。
……どう考えても、今のは自然の音じゃない。
いったい、何が起こってるの?
「……あっちだな」
鋭い視線で一点を見据えたアレスが、小走りで駆け出す。
私も慌ててその後を追った。
やがて開けた場所に出て、そこに何人もの生徒が集まっているのが見えた。