22 貴族だって楽じゃない
「図書館で騒ぐなんて言語道断な行いだ。ふざけるのもいい加減にしてくれ」
「ごめんなさい、やかましかったわね」
「あぁ、ものすごくね。前も言っただろう。ここには君たちみたいなお気楽な貴族だけじゃなくて、将来のために必死に頑張ってる奴だって多いんだ。それをぶち壊されたらたまらない。君たちみたいに、貴族だから何もしなくても遊んで暮らせるわけでもないし――」
「……ちょっと待って」
おおむねアレスのせいとはいえ、少し騒がしくなってしまったのは私の落ち度だ。
だから神妙に話を聞いていたのだが、聞き捨てならないセリフに私は思わず口を挟んでしまった。
「あなたが努力していることもよくわかるわ。でも……それは私たちも同じ。私たちだって、立派な錬金術師になるためにここにいるのよ」
「……どうだか。君みたいな貴族のお嬢様なんて、どうせ興味本位のただのお遊びなんだろう?」
彼の嘲るような視線に、私はかっと頭に血が上ってしまった。
つまり、目の前の彼は……私が何の苦労もせずに遊んで暮らしているお嬢様だと思っているのだ!
……ひどい言いがかりだ。
私なんて婚約者にも捨てられ、実家からも勘当秒読みで、未来の保証なんて何もないのに……!
「……訂正して。私はただのお遊びじゃない。真剣に錬金術師になろうと思ってここにいるの」
「その言葉をそのまま信じるとでも? ろくに調合実習にも参加せず、そこの男とじゃれあってばかりの君が真面目に錬金術師を目指してるなんて……馬鹿にしないでくれ!」
端からこちらの言葉なんて聞こうともしない態度に、私は唇を噛んだ。
今ここで私が何を言っても、彼には届かない。届かないのだ。
黙り込んだ私を見て、ハンスは嘲るような笑みを浮かべた。
すると、今まで黙って成り行きを見ていたアレスが口を出してきた。
「あのさぁ、さっきからうるせぇんだけど。俺らよりお前の方がよっぽど周りの迷惑だろ」
「なっ!?」
アレスの言葉に、ハンスの頬にさっと赤みがさす。
さすがに彼も自分がヒートアップしすぎていたのに気が付いたのか、誤魔化すように咳払いをして吐き捨てた。
「なんにせよ、僕の邪魔をすることだけはやめてくれ。君も真剣に取り組む気がないのなら、さっさと他の学科に転科した方がいい。それじゃあ」
言いたいことだけ言うと、ハンスはさっさと去っていった。
私はその背中が見えなくなるまで、じっと見つめていた。
……悔しい。
私は私なりに頑張って、結果を出しているつもりだった。
でも周りから見れば、全然足りないのだ。
しょせん貴族の暇を持て余したお嬢様の道楽。そんな風に思われているなんて……本当に悔しい。
そんな彼の認識をあらためるには……そうだ!
「なんとしてでも、自由課題で良い成績を取って認めさせるしかないわ!」
くるりと振り返ると、こちらを見ていたアレスと視線が合う。
アレスに微笑みかけ、私は意気揚々と口を開いた。
「……何としても、自由課題を成功させるのよ。ほら、落書きなんてしてる暇はないわ! さっさと手を動かす!!」
俄然やる気を出した私を見て、アレスはおかしそうに笑った。
◇◇◇
その日、私は真夜中まで参考書と格闘していた。
自由課題を本格的に始動させるためには、一刻も早く何を調合するのかを決めなければならない。
「実用的で、人の目を引いて、私の実力でも作れて、材料費は安価で……」
アレスに聞いたら「超強力な爆弾とかでいいんじゃね」とか言ってたので彼の意見は期待できない。
私は必死に、メモを取りつつ参考書のページをめくっていく。
ちょうど今見ているのは、魔鉱石の事典だ。
何か参考にならないかと視線を走らせているが……どうにもうまくいかない。
「やっぱり駄目ね。次は……あっ!」
ページをめくる拍子にうっかりランタンを倒してしまい、辺りは暗闇に包まれた。
慌てて立ち上がると今度は足元の本に躓いてしまい、踏んだり蹴ったりだ。
もう、忙しい時なのに!
「はぁ……」
窓から入る月明かりを頼りに、おそるおそる立ち上がる。
集中しすぎると注意力が散漫になるのは、私の欠点だろう。
こうやってうっかり倒してしまったり、油を切らしてしまって気が付いたらランタンが消えてしまうのは日常茶飯事だ。
はぁ、こうなると一気に集中力が削がれるから嫌なんだよね。
私みたいな人でも、安心して使えるようなランタンがあれば……。
「……!」
そう考えた時、私は閃いてしまった。
再びランタンに火を灯す手間すら惜しくて、参考書を引っ掴み窓辺へと急ぐ。
月明かりを頼りに次々とページをめくり、見つけた記述ににんまりと口元に笑みが浮かんだ。
「……よし!」
明日、さっそくアレスに相談しなきゃ!
◇◇◇
「えっ、魔法のランプ? なにそれ、こすると魔神とかが出てくるやつ?」
「違うわよ、魔鉱石を用いたランタン! 油を使うものよりもずっと長時間使えるし、ここだけの話……浮遊石を混ぜて、宙に浮かそうと思ってるの」
教室で声を潜めて、私はアレスに昨夜思いついたアイディアを披露していた。
昨夜の失敗から閃いたのが、「魔鉱石ランタン」だ。
魔力を持つ鉱石――魔鉱石の中には、美しく光るものや浮遊の力を秘めたものがあると昨夜魔鉱石事典で読んだばかりだ。
そんな特別な力を秘めた魔鉱石を使って、便利なランタンを作ろうと思いついたのである。
「生活に根差した物だから、錬金術師以外の人にも求心力はあるはずよ。浮遊させることで従来のランタンとの差異化もできるし、あっでも……手に取ってもらえるように色や形には凝らないと……どうかしら」
「いいんじゃない?」
「そんな地味なのつまんねぇ」なんて拒否されることも予想していたけど、意外にもアレスは快く私の提案を受け入れてくれた。
それが嬉しくて、私は一気にまくしたてる。
「基本的な設計は私に任せて。素材の採取や、組み立てにはあなたの力を借りさせてもらうけど……」
「いいよ、何でも言って」
「それじゃあ、まずは魔鉱石の採掘ね! 学園の裏山に魔石が採れる場所があるはずだから――」
夢中で話していると、ふと背後から鋭い視線を感じた。
反射的に振り返り、私は思わず顔をしかめそうになってしまった。
何度か私に嫌味を言ってきた生徒――ハンスが、またしてもこちらを睨みつけていたのだ。
それでも、前みたいにただ不快になることはなかった。
ふん、今に見てなさい。すぐに最高の魔鉱石ランタンを作り出して、私を侮ったことを後悔させてあげるんだから!
「リラ?」
「……何でもないわ。話の続きに戻りましょう。必要な道具は――」
ちらちらと感じる視線はなくならないけど、私は努めて平気な振りをして話を続けた。