20 サンドイッチは胃袋に消えました
声をかけてきた同級生の不躾な視線に、アレスは舌打ちする。
「は? 誰こいつ」
「あなたねぇ……同級生の顔くらい覚えたらどうなの」
それにしても、何やらよろしくない雰囲気だけど……私たちに用でもあるのだろうか。
私はとりあえず腰掛けていたベンチから立ち上がると、その同級生に声をかけてみた。
「こんにちは、ハンス・ベッガー……よね? 同じ錬金術学科の」
「……あぁ」
おそるおそるそう挨拶すると、同級生――ハンスは、メガネの奥から不満げな視線を私に向けた。
「悪いが、もう少し静かにしてくれないか。やかましくて自習に集中できないんだ」
そう言った彼の手元には錬金術の参考書が。
温室の木々に遮られて見えなかったけど、どうやら私たちの近くで自習をしていたようだ。
「はぁ? 何でお前にそんなこと言われなきゃいけないわけ? 別にここはお前の部屋でも何でもねぇんだけど」
「ちょっと……やめなさいよ」
ハンスの言葉に気を悪くしたのか、アレスがあからさまに不快そうに食って掛かる。
アレスの言葉も一理あるけど、公共の場でうるさくしてしまったのは私たちの落ち度だ。
ここは、素直に謝っておこう。
「騒がしくしてしまってごめんなさい。今後は気を付けるわ。アレスにもよく言っておくから」
「まったく……是非そうしてもらいたいものだね。君たち貴族のお遊びとは違って、僕にとっては将来がかかった大事な時間なんだ。二度と邪魔をするのはやめてくれ」
その言葉に、私は思わずかちんと来てしまった。
そういえば彼――ハンスは、錬金術学科には珍しくもない平民出身の生徒だ。
彼らは将来錬金術師として身を立てるために、日々を必死に勉強や研究に費やしている。
彼らから見れば、真剣に学んでいるとは思えない貴族の生徒など、まさしく「お遊び」だと思えることだろう。
それはわかるけど……将来がかかった大事な時間なのは、私も同じなんですけど!?
私だっていつも真剣に授業に臨んでいるのに、貴族出身というだけで「お遊び」扱いされるのは我慢ならなかった。
「……邪魔をしてしまったことは謝るわ。ただ、私もあなたと同じく真剣な気持ちで錬金術学科に進学したの。そこは、誤解しないで」
「……ふん、どうだか。結局は結婚相手を探しに来ただけなんじゃないか? 今もそうやってイチャイチャと――」
「い、イチャイチャなんてしてないわ! こいつが勝手に私の昼食を奪おうとしていただけよ!」
「なんでもいいが……真面目に錬金術師を志す者を邪魔することだけはやめてくれ」
それだけ言うと、ハンスは温室を出ていってしまった。
どうやらここでの自習は諦めて、他の場所を探すことにしたらしい。
はぁ、釈然としない……。
「まったく、あなたが騒ぐからよ……ってちょっと待って!」
私がハンスの背を見送っている間に、なんとアレスは勝手に私のサンドイッチに手を出していた。
慌てて止めようとしたけど時すでに遅し。
私の手作りのたまごサンドは、アレスの口の中へと消えていったのである。
呆然とする私に、アレスはけろりと言い放った。
「なんだ、美味いじゃん。もっとゲテモノ料理みたいなのかと思ってた」
「それはよかった……じゃなくて! 断りもなく勝手に人の物食べるってどういうことなの!?」
「ごめんごめん、これあげるから」
そう言うと、アレスは私の口に何かを突っ込んできた。
思わずかじってしまって焦ったけど、これは……。
「ドーナッツ……?」
「そう、購買の人気商品で俺のお気に入り。美味いだろ?」
「確かに美味しいけど……これであなたの非礼が帳消しになったわけじゃないわ!」
「あはは、ごめんて。今度また何か詫びるから、それで許してよ」
まったく悪びれた様子のないアレスに、私は怒る気力も失せてしまった。
彼は本当に、貴族の令息として育てられたのだろうか。
それにしては遠慮もないしマナーも滅茶苦茶だし、色々と自由すぎる。
そう、自由……彼を見ていると、時々眩しすぎて目を逸らしたくなってしまう。
何もかもがガチガチに縛られた家で育った私にとって、彼の自由すぎる生き方は少し目の毒だった。
……その奔放な生き方が羨ましいだなんて、絶対に認めたくはないけど。