2 錬金術学科に進みました
潔く婚約破棄を予告された私は、元々予定していた「社交魔術学科」ではなく「錬金術学科」への進級を決めた。
「社交魔術学科」は名前こそ立派だが、内容は基本的な魔術だけを習い、他の時間は礼儀作法を学んだり実際にお茶会を開いたりする、まさしく「社交」に重きを置いた学科だ。
選択する生徒のほとんどは婚約者持ちの貴族令嬢であり、卒業と同時に結婚し相手の家に入ることが予定されている者ばかりなのである。
それに対して「錬金術学科」は、その名の通り「錬金術」を学び錬金術師を目指す学科だ。
錬金術は魔術から派生した術で、素材を組み合わせて薬や道具を作り出す技術だ。
素材を集めたり加工する過程で衣服が汚れることもあれば、長時間の調合に魔力だけでなく体力も必要になってくる。
優雅さを好みで面倒な作業を嫌うな上流貴族の子女からは、すこぶる人気がない学科だ。
好んで錬金術学科に進むのは、相続が見込めない下級貴族の次男三男や、裕福な商人の子息、はたまた特待生として入学した優秀な平民などである。
まかり間違っても、蝶よ花よと育てられた貴族令嬢が選ぶような学科ではないのだ。
だからこそ、名門侯爵令息の婚約者であり一応伯爵令嬢でもある私が錬金術学科を選んだのは、多くの者を驚かせたようだった。
学園内を歩くたびにちくちくと奇異の視線を感じながらも、私は今後の段取りを思い描いていた。
普通の平民は錬金術を学ぶ機会を得られず、貴族にはその過酷ともいえる労働内容を嫌厭される。
その為、錬金術師というのはとにかく成り手が少ない職業だ。
そのため、ある程度の技術があれば職にあぶれることはない。
それこそが、私が錬金術学科を選んだ何よりの理由なのである。
きちんと技術を身に着けて卒業すれば、少なくとも食べるのに困ることはなさそうだ。
最初はどこかの工房に弟子入りできればいいのだけれど……。
そんなことを考えながら次の授業に向かっていると、不意にくすくすと笑う声が耳に届く。
「見て、あの子。伯爵家の娘の癖に錬金術学科を選んだんですって」
「婚約者の方は何もおっしゃらないのかしら……?」
「もう捨てられかけてるって噂よ。みっともないわ」
……別に、こんな嘲りくらいで私は俯いたりしませんよ。
周りが何と言おうと関係ない。
私は私の未来のために、ただ進むだけなのだから。
◇◇◇
貴族令嬢でありながら錬金術学科を選んだ私は、どうやら学科の中では浮いた存在のようだった。
一人で席に座って予習した箇所を確認していると、同じクラスの人たちから遠巻きな視線を感じる。でも、話しかけられはしない。
私の事情を知らない人には、恵まれたお嬢様の道楽だと思い敵意を向けられることすらある。
とりあえず直接的な害がない限りは、放っておけばいいと思っているのだけど――。
「おはよ、ガリ勉ちゃん。今日も真面目だねぇ」
ドカッと遠慮なく隣に腰掛けてきた人物に、思わず大きくため息が漏れてしまう。
「……シュトローム侯爵令息。人を変なあだ名で呼ぶのはやめていただけないかしら」
「じゃあ、俺のこともアレスでいいよ。ルリちゃん」
「…………ルリじゃないわ。リラ・ベルンシュタインよ」
咎めるようにそう口にすると、隣に腰掛けた男子生徒――アレスはケラケラと笑う。
彼は私とはまた別の意味で、浮いた存在だった。
アレス・シュトローム――ミューレル王国の隣に位置する大国、リヒテンフェルス帝国からの留学生であり、私と同じく錬金術学科の生徒である。
真面目に勉学に励む生徒が多い錬金術師学科の中で、彼は常に異端だった。
堂々と教科書を忘れたと言い放ち、教師を呆れさせ、周囲に白い目で見られても平然としている始末。
偶然席が隣になった時に、親切心から教科書を見せ要点を説明してやって以来、彼にはやたらと絡まれるようになってしまったのだ。
はぁ、あれは失敗だった……。
「今日さぁ、実際に調合の授業あるじゃん。何作るんだっけ」
アレスが喋るたびに、窓から差し込む光が彼の金の髪に反射して、キラキラと眩しい。
こちらを見つめる淡い蒼の瞳は宝石のようにきらめいていて、私がこんな性格でなければドキッとしたかもしれない。
行動はとんでもない問題児だけど、アレスの見目が整っていることは私も否定できなかった。
錬金術学科なんて男子生徒ばかりのマイナー学科ではなく、貴公子の花形学科――戦闘魔術科辺りに行けば、さぞや女生徒にモテたことでしょうに。
「簡単な回復薬よ。あなたも今から手順や材料、注意点などを予習しておいた方がいいわ」
「ガリ勉ちゃんが教えてよ」
「何故私がそんなことをしなければならないの」
呆れてそう零すと、アレスはおかしそうに笑う。
彼のような人物は初めてで、まるで未知の生き物に遭遇したような気分だ。
やる気もないくせに、何で錬金術学科を選んだのだろう。
まったく、理解不能だわ……。
やがて教師が入室し、授業が始まる。
授業中も何かと話しかけてくるアレスを無視しながら、私は黙々とノートをとる手を止めなかった。