16 突然のプレゼント
「まったくもう……どこに行ったのよ!」
午後のお使いもおおむね順調に進み、これが最後のお店……というところまではよかったんだけど、そこで一つアクシデントが発生した。
アレスが、行方不明になったのだ。
店に入る少し前までは隣にいたのを確認している。
店に入って、私は飾られていた結晶素材に見惚れて、思わず店員さんと話し込んでしまって……気づいた時には、アレスは消えていた。
……はぁ、これからどうしようか。
「ここで待ってれば、戻って来るよね……」
アレスも私がこの店に用があることは知っているはず。
だから、何をしているのか知らないけどそのうち戻ってくる……と思いたい。
他の荷物はアレスが持っているのだから、勝手に学園に戻るのも気が引ける。
結局私は、店の前でアレスを待つことにした。
ぽつんと立ち尽くす私の前を、大勢の人が通り過ぎていく。
こうしていると、まるで……私一人が世界から置いて行かれてしまったのではないかと錯覚しそうになる。
ついつい余計なことを考えてしまうのだ。
クラウスに婚約破棄され、実家からも追い出されたら……本当に私は生きていけるの?
立派な錬金術師になって、自立を目指しているけど……もし、失敗したら?
普段は見ない振りをしている不安が、次々と押し寄せてくる。
先の見えない未来に、脆弱な心が押しつぶされそうになってしまう。
思わず、手に持った紙袋を強く抱きしめた。
その時――。
「リラ!」
私を呼ぶ声が聞こえて、はっと顔を上げる。
見れば、アレスがぶんぶんと手を振りながら通りの向こうから駆けてくるところだった。
その姿を見た途端、何故か急に安堵と怒りがこみあげてくる。
……もう! 勝手にいなくなって悪びれもしないなんて!
「まったく……どこに行ってたのよ!」
「ごめんごめん、ちょっと帰る前に行きたいところがあって」
「言ってくれれば、用事が済んだ後に寄ったのに」
「いや……リラを付き合わせるのも悪いかなーと思って」
何となく歯切れの悪いアレスの言葉に、私は大きくため息をついた。
「まぁいいわ。用事が済んだなら行きましょう」
何はともあれ、今日のミッションは達成したのだ。
早く学園に帰って、明日の予習をしなくては。
少しだけ名残惜しさを感じながら、私はラクシュタットの街を後にした。
行きとは逆に山道を登り……やがて眼前に学園の正門が見えてくる。
その途端、アレスがぴたりと立ち止まって私を呼んだ。
「……リラ」
振り返ると、アレスはどこか真意の読めない笑みを浮かべていた。
両手で持っていた荷物を片手で持ち直し、何やらごそごそと懐を漁っている。
「……なに? もしかして何か落としたの?」
「いや、そうじゃなくて……あった!」
「じゃーん!」と得意げに、アレスが私の方へと手を差し出す。
その手に握られていたのは、可愛らしい髪留めだった。
これって……お昼に見た、装飾店に飾ってあった……。
「いつもリラには世話になってるからさ、そのお礼ってことで」
呆然とする私の手から錬金素材の入った紙袋を取り上げ、アレスは代わりに髪留めを握らせてくれる。
硬質な手触りを感じ、私ははっと我に返った。
「ま、待って……こんなの貰えないわ!」
「何で?」
「何でって……理由が、ないもの」
私はおそるおそる、手のひらの上に乗せられた髪留めを眺めた。
花や葉の形を模した金型に、色鮮やかな水晶や真珠が彩られた可愛らしい髪留め。
昔だったら、欲しいと思っても絶対に手に入らなかった――。
つい心が揺らぎそうになったけど、私は慌ててアレスのもとに髪留めを返そうとした。
だが、伸ばした手首を掴まれてしまう。
思わず顔を上げると、アレスは存外真剣な目をして私を見下ろしていた。
「理由なんて、俺がリラにあげたかった。それじゃ駄目?」
反論をしたかったけど……うまく言葉が出てこない。
ずっと、手の届かないものだと思っていた。
可愛らしい装飾品も。
……誰かの、無償の厚意も。
何も言えずに押し黙った私を見て、アレスはくすりと笑う。
「明日、これつけてきてよ。後、今日買ったやつは全部俺が運んどくから。……じゃあね」
アレスは何事もなかったかのようにそう言って、大量の荷物を持って去っていった。
残されたのは私と……私の手の中の、可愛らしい髪留めだけだ。
「……どうしよう」
そう呟いた声に、戸惑いと……確かな喜色が滲んでいるのに、私は気づかざるを得なかった。