15 苦い思い出
待って、チキンサンドより安いメニューはあるし、飲み物も節約して水にしようと思ってたのに!
だが焦る私をよそに、アレスは手早く会計まで済ませてしまった。
……私の、分まで。
「俺が誘ったから、俺のおごりね」
私が何か言う前に、そう言ってアレスはぱちんと片目を瞑ってみせた。
そのスムーズな流れに私はぽかんとした後……無性に恥ずかしくなってしまった。
まるで私が貧乏であることを、見通されたような気がしたのだ。
「……いい、払うわ」
「別にいいって。あ、でもそんなに言うなら……」
戸惑う私の耳元で、アレスは囁いた。
「リラの時間で、払ってもらおうかな」
「え……?」
思わずアレスを見つめると、彼はにやりと笑って学園の方を指さした。
「今度、また俺の勉強見てよ! それでチャラね」
「時間って、そういう……」
なんでもないその答えに、私は脱力してしまった。
「……わかったわ。その代わり、次の小テストで赤点なんて取ったら許さないんだから」
はぁ、本当にこいつに付き合うのは疲れるわ……。
「広場のベンチに腰掛けてだらだらしながら食うのが最高!」というアレスの言葉に従い、おそるおそる噴水広場のベンチに腰掛ける。
こんな風に、テーブルもなしに食事をとるのは初めてかもしれない。
街で買い食いするのも、ナイフもフォークも使わない食事も、大きな口を開けてかぶりつくのも、クラスメイトと出かけるのも……何もかもが初めての経験だ。
意を決してかぶりつくと、じゅわりと肉汁が染み出し、スパイスの効いた香ばしい味わいが舌先に広がった。
「……おいしい」
「だろ? あの店いっつも行列になっててさ~」
アレスはぺらぺらと喋りながら、ほんの三口ほどでチキンサンドを胃袋に収めてしまったようだ。
その豪快な食べっぷりに、私は少し呆れてしまった。
……彼も侯爵家の令息のはずなのに、少しはマナーとかを気にしないのだろうか。
対照的にゆっくりチキンサンドを口にする私を、アレスはにやにやと眺めていた。
うっ、そんなに見られると食べにくいんだけど……。
「……何?」
「いや……なんかもそもそ食べてるのがウサギみたいだと思って」
……それは、私を馬鹿にしてるのかしら。
むっとしてそっぽを向くと、広場から続く通りを歩く女の子のグループが目に入る。
学園の制服を着ているし、きっと他の学科の生徒なのだろう。
どこか華やかな雰囲気を纏う女生徒たちは、近くの店のショーウィンドウを見て何やら嬉しそうに話し合っている。
あれは……装飾品のお店だ。
遠目にでも可愛らしい靴やアクセサリーが並んでいるのが見えて、私は思わず目を逸らしたくなってしまった。
それでも、目についた可愛らしい髪留めからめが離せない。
……時代遅れの古い価値観を引きずる私の母は、「真に賢く美しい女性であれば、華美に着飾ることなど不要」というスタイルを正しいものだと信じ込んでいた。
当然娘の私も、地味でシンプルなドレスを着せられ、それ以上のおしゃれはゆるされなかった。
そんな状態で社交界に連れ出されるのだから、たまったものじゃない。
昔はあちこちから突き刺さる嘲りや憐みの視線が恥ずかしくてたまらなかった。
母は美しく着飾った女性たちを見て、「娼婦のようでみっともない」と言ってはばからなかったけど、私は彼女たちが羨ましかった。
あんな風に綺麗に着飾ることが出来れば、私みたいな地味な人間でも少しはマシになったかもしれないのに……。
そんな風に苦い思い出に浸っていると、背後からアレスの声が聞こえてくる。
「なぁ、ごめんって。だからウサギみたいって言ったのは、別に悪い意味じゃなくて――」
「別に、気にしてないからいいわ」
……そうだ、今は感傷に浸っている暇はない。
雑念は捨てて、今は未来のためにするべきことをしなくては。
チキンサンドの最後の一口を飲み込み、レモネードを口にする。
爽やかな口当たりが、疲れを癒してくれるようだった。
「よし、休憩終わり! 残りの素材の調達に向かうわよ」