14 二人のお昼ごはん
最初に訪れたのは、植物系素材を主に扱う店だ。
店の中に足を踏み入れた途端、様々な花やハーブの香りが鼻をくすぐった。
「あぁ、学園の生徒さんですね。いつもお世話になっております」
声を掛けると、店員さんはにこやかに会釈してくれた。
まぁ、わざわざラクシュタットの錬金術店に来るのなんてほとんどが学園の関係者なのだろう。
メモを片手に指定の品を注文し、私は安堵に胸をなでおろした。
「経費は学園の経理課に請求をお願いします」
一応私たちが今日買いに来た素材は授業に使う物らしいので、学園の予算で賄うことになっているそうだ。
はぁ、私もお金を気にせず好きなだけ素材を買ってみたい……。
店員さんが丁寧に素材を詰めてくれた紙袋をアレスに持たせ、店を出る。
「ふぅ、やっと一軒終わったわ。次は鉱石のお店ね」
「うわ、めんどくせ~」
「仕方ないじゃない、順番に行くわよ」
ぶーぶー文句を垂れるアレスを叱咤しながら歩いていくと、不意に錬金術の器具を売っている店が目に入る。
実演販売のつもりなのか、ショーウィンドウの向こうではぐつぐつと大釜が煮え立っていた。
その光景を見ていると、幼い頃の記憶が蘇ってくる。
昔、父に連れられて錬金術師に工房を訪れた時に、私はその鮮やかな御業に夢中になった。
ぐつぐつと大釜をかき混ぜて、バチバチと火花が散って。
植物を薬に、鉱石を魔法道具に。
本当に、手品のようだった。
すっかり錬金術に魅せられた私が「錬金術師になりたい」と言ったら母は激怒したけど……。
今、私はあの時夢見た道を歩いている。
しっかりと舗装された道ではない。いつ崩れ落ちるかもわからない、でこぼこの道なのかもしれない。
それでも……確かな一歩を踏み出すことが出来たのだ。
そんなことを考えながらぼぉっとガラスの向こうの大釜を見つめていると、アレスが声を掛けてきた。
「どったの? 何か欲しいものでもあった?」
「……いいえ、何でもないわ」
……いけないいけない。
今は感傷に浸ってる時間はない。
早く、お使いを終わらせないと。
◇◇◇
更にいくつかの店を回ったが、それでもすべてのお使いを済ませる前にお昼の時間が来てしまった。
正午を告げる教会の鐘が鳴るなり、アレスは大げさにアピールを始めた。
「俺もうクタクタ~、腹減ったー」
「まったく……仕方ないわ、休憩にしましょうか」
「よっしゃ! 俺いい店知ってるからおいでよ」
正直に言えば私も疲れたし、お腹が減った。
少し休憩を入れてから、残りのお使いを済ませてしまおう。
「でさぁ、そこの店のチキンサンドがめっちゃ美味くて――」
どうやらアレスは御用達のお店に私を連れて行ってくれるようだった。
あ、そういえば……今更だけどこんな風に、誰かと自由に街を歩くのなんて初めてかもしれない。
そう思うと、なんとなく気恥ずかしくなってしまった。
通りを歩く人たちは、みな楽しそうにしゃべったり笑ったりしている。
……私たちも傍から見れば、あんな風に見えるのだろうか。
アレスが連れて来てくれた店はどうやら人気店のようで、行列が出来ている。
他愛もない話をして順番を待ちながら、私はちらりとメニュー表に目をやった。
……実を言うと、私はあまり懐に余裕はない。
学園に入学する時にある程度自由に使えるお金は持たせてもらったけど、貧乏伯爵家令嬢の私のお小遣いなんてたかが知れている。
それに、できれば今後参考書や素材を買うために、お金は取っておきたいのだ。
あまりこういう場で、後先考えずに散財もできないだろう。
メニュー表に目を通し、一番安い品を確認する。
……よし! これならなんとか――。
「チキンサンド二つね~。レモネードもつけて」
「え、ちょっと……!」
だが、私たちの順番が来た途端に素早くアレスが注文を済ませてしまったので、私は焦った。