13 街へのお出掛け
「はぁ……」
何度目かのため息をつきつつ、私は再度手元のメモを確認した。
――『新月草、鷹の羽、ミュールベリー、天河石の粉末、トネリコの枝……』
ずらりと並んだ錬金術の素材の名前に、普段だったら心が躍っていたのかもしれない。
でも、今日ばかりはそう素直に喜べなかった。
「まさか、あなたと二人で買い出しなんて……」
「あはは、俺素材の目利きはよくわかんねぇしけど、荷物持ちくらいにはなるからさ」
隣でケラケラ笑うアレスの声にますます心が重くなるのを感じながら、私はとぼとぼと足を進めた。
この前のオーガの一件でしばらく雑用係をとなった私たちは、ブラント先生に二人そろって買い出しにいくようにと命じられてしまったのである。
錬金術の素材の買い出しなんて興味深いけど、同行者がアレスだと思うと無駄に疲れそうだ。
今日は、変なことを仕出かさないといいんだけど……。
私たちが在学している王立魔術学園は、王都から遠く離れた王家の直轄地に位置している。
周囲を山と湖に囲まれた自然豊かな地で、学園は山の中腹に建てられている
学園から少し足を延ばすと、ラクシュタットという小さな町があって、生徒たちは届出さえすれば自由に外出できるようになっていた。
今回の目的地は、その街の中だ。
「リラはさぁ、入学してから街に降りたことある?」
「いいえ、これが初めてよ。あなたは?」
「よく行ってるよ。夜とか散歩すると楽しいし」
「……念のため言っておくと、夜間の外出は校則違反よ」
そんなことを話しながら、学園の門を出て簡単に舗装された道を歩く。
やがて木々の向こうに、ぽつぽつとラクシュタットの街並みが見えてきた。
……思えば、こんな風に街を歩くのは、幼い頃に父に連れて行ってもらった時以来かもしれない。
そう考えると、柄にもなくワクワクしてくるようだった。
「ほらっ、行こ!」
「ちょっと、坂道で走ると危ないわ!」
小走りで駆け出したアレスを追うように、私も少しだけ足を速めた。
◇◇◇
ラクシュタットは周囲を山に囲まれた湖畔に位置する小さな街だ。
通りには教会や商店、三角屋根の家が立ち並んでいる。
多くの建物がベランダやバルコニーに色とりどりの花を飾り、華やかな雰囲気を醸し出していた。
思ったよりも人通りは多く、活気もある。私たちのように学園の制服を纏う生徒たちもいた。
今日は休日だし、皆羽を伸ばしに来ているのかもしれない。
「錬金術のお店はどこかしら」
「確か湖畔通りにそれっぽい店が何件かあった気がすっけど……まぁ、しらみつぶし行きますか」
何度も来てるというだけ会って、さすがにアレスはどこに何があるのか詳しいようだった。
うーん、今は信用するしかないか……。
私は素直にアレスの後に続いた。
湖畔通りは片側が湖に接しており、反対側には様々な商店が立ち並んでいた。
学園の傍に位置する街というだけあって、店舗も魔法に関するものが多いようだ。
湖の方に目を向ければ、青く澄んだ湖面に鏡のように向こう岸の山々が反射し、きらきらと輝いていた。
「わぁ……!」
思わず私の足もそちらに引き寄せられる。
じっと湖面を覗き込んでいると、背後からくすりと笑い声が聞こえた。
「ほら、景色いいし、散歩にはぴったりだろ?」
「えぇ、そうね。水質もよさそうだし、きっと上質な素材が採取できるわ」
「……え、そっち?」
「当たり前じゃない。私たちは錬金術師の卵なのよ? もっと深い所には、珍しい素材が眠ってるかも。水中呼吸薬を調合できれば、なんとか――」
ぶつぶつと湖底探索の算段を立てていると、身を屈めたアレスがひょい、と私の顔を覗き込んできた。
その表情は、どこか呆れ気味だ。
「何か言いたいことでもあるの?」
「いや、リラはさぁ……もっとこう、あの人たちみたいに小舟に乗って遊びたーい! とかないの?」
アレスが指さす方向を見れば、確かに湖の中央辺りで、小舟に乗って楽しそうにする人たちがいた。
……なるほど。
「小舟で沖に出て、網か何かで湖底を掬うという方法もあるわね」
「……やっぱそれかぁ~。ま、いいけどね」
何事か納得した様子のアレスの声に、私は彼の方を振り返る。
すると彼は、どこかおかしそうに笑った。
「……なに」
「別に? ただ、そこがリラのいいところかなって」
「…………?」
「ほら、あそこにあるの錬金術の店じゃね?」
「本当! 早く行かなきゃ!」
くるりと方向転換した私に、アレスはまたもやおかしそうに笑った。
一口に錬金術の店といっても、様々な種類がある。
錬金術に使用する器具を主に取り扱う店、植物系素材に特化した店、魔石や鉱石ばかりを売っている店……。
どうやらここラクシュタットにはいくつもの錬金術の店があって、先生の指定の素材をすべてそろえるにはいくつもの店を周らなければならないようだった。