11 皆の態度が少し変わりました
勝手にオーガと戦闘に入ったことで、下山した私たちは先生にしこたま怒られてしまった。
「まったく……入学したばかりのひよっこの分際でオーガに挑むなど、一歩間違えたら命を落としていたのかもしれないのだぞ!?」
「えー? でも俺らのおかげで他の生徒は助かったじゃん。先生ももっと俺らに感謝してもよくね?」
「異変が起こった時はすぐに知らせろと言ってあっただろう! まったく、シュトロームだけならまだしも、ベルンシュタインまでこうなるとは……。シュトロームに変な影響を受けたのか?」
「申し訳ありませんでした、ブラント先生。以後気を付けます」
そう謝罪しつつも、実は私はあまり反省していなかった。
「優等生」としてはあの場でアレスを見捨ててでも、助けを呼ぶ方が適切だったのかもしれない。
でも、私はそうしなかった。
大きな被害もなくこうして帰ってこられたのは、きっと奇跡みたいなもの。
次に同じことがあっても、もう一度助かるという保証はない。
そうわかっていても……私はあの時オーガに向かっていったことを少しも後悔していなかった。
きっと以前の私なら、一も二もなく一人で逃げ出していた。
錬金術学科に入学して、私も少し変わったのかもしれない。
……何故だろう。
理由はよくわからないけど、そんな自分を……少しだけ、好きになれるような気がする。
「先生、私たちが目撃したオーガは一頭でしたが、もしかしたら他にも生息しているのかもしれません」
「あぁ、すぐに準備を行い教師陣で山狩りを行う。お前たちもしばらくは立ち入るなよ。それと、勝手な行動を取った罰として反省文と提出と補習、私が命じた雑用をこなすように」
「え~、マジかよ。だりぃ」
隣でぶーぶー文句を垂れるアレスとは対照的に、私の心は晴れやかだった。
……先生の言いつけに違反して罰則なんて、とんでもなく不名誉なことなのに。
なのにどうして……こんなに嬉しいのかしら。
◇◇◇
「ちょっと! ゲンティアナの根はもっと細かく刻むのよ!!」
「え~、めんどくせぇ」
「もう、だからここをこうして――」
あの採取実習の一件以降、私は罰として(?)調合の授業でもアレスとペアを組まされるようになってしまった。
先生も手を焼く問題児を私に押し付けたかったのか、それとも別の思惑があったのか……それはわからない。
ただ確かなことは、じっと座ってたまに口出しするだけだった以前よりも、私は忙しくなったということだ。
「あっ、これ入れたらおもしろそうじゃね?」
「今は回復薬を調合してるのよ!? 毒草を入れてどうするの!」
隙あらば教科書に書いてある素材以外のものを投入しようとするアレスを見張り、彼の雑な加工を注意し……てきぱきと手と口を動かす。
そう……アレスとペアを組むようになってからは、私も積極的に調合の授業に参加できるようになったのだ。
アレスは他の生徒たちとは違い、私が実際にナイフで素材を加工したり大釜をかき混ぜたりしていても、特に止めようとすることはなかった。
そのおかげで(というのは癪だけど)、私は前よりもずっと充実した時間を過ごしていた。
「はぁ……なんとか完成したわ」
今回もかなり苦労したが、何とか目標の回復薬を調合することができた。
大釜の中身をフラスコへと掬い取り、先生へと提出する。
先生は私の手渡したフラスコをじっと眺め……ふっと笑った。
「上出来だ……と言いたいところだが、一つ余計な効能がついてしまっているな」
「え?」
「この回復薬を飲めば確かに癒しの効果を得ることができるだろう。だが、それと同時に数時間笑うのをやめられなくなるという効果付きだ」
「そんな、まさか……!」
「……あぁ、おおかたシュトロームの奴がワライタケでも仕込んだんだろう」
「ア~レ~ス~!」
怒りを込めて振り返ると、アレスは反省した様子もなくケラケラと笑っていた。
「いや、うっかりリラが飲んでずっと笑ってたらおもしろいかなって」
「全っ然おもしろくないわよ!」
ガミガミとアレスに説教をしていると、教室中から生暖かい視線が突き刺さった。
以前のような敵愾心とは違う。どちらかというとこれは……私への同情の視線だろう。
「……まぁいいわ。私は加工に使った器具を洗うから、大釜の掃除は任せたわ」
「りょーかい」
調合に使用した器具を籠に入れ、水場に向かう。
順番待ちをしていると、同じく待っていた生徒に話しかけられた。
「君も大変だね。いつもシュトロームに振り回されて」
同情するような言葉が意外で、私は一瞬驚いてしまった。
だがすぐに、くすりと笑う。
「ま、まぁ……もう少し真面目に授業に取り組んで欲しいものね」
「一人でその量を洗うのは大変だろ? 手伝うよ」
「え……? あ、ありがとう……」
確かに私はアレス二人の班で、他の班に比べれば一人でこなさなければならない作業は多い。
だから手伝ってもらえるのはありがたいんだけど……。
この前までは「貴族のお嬢様がこんなところにいても邪魔だ」みたいな感じだったのに、この変わりようはなに!?
はからずとも、アレスに振り回される私を見て、私が「苦労知らずのお嬢様」ではないことに気づいたのだろうか。
うーん、なんだか複雑な気分……。
手伝いを申し出てくれた何人かの生徒と協力して器具を洗っていると、やがて背後から私を呼ぶ声が聞こえた。
「リーラー!」
うわ、この声は……。
苦々しい気分で振り返ると、予想に違わずぶんぶんと手を振りながらアレスがこちらに駆けてくるところだった。