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10 優等生の意地

 ……理解できない。

 どうして、安全な方法を取らないの?


 私たちはまだ学生。野生のオーガになんて敵うわけがない。

 先生に知らせて応援を呼ぶのが、一番確実な方法なのに……!


 そっと足に手をやると、躓いた時の痛みはだいぶ引いているようだった。

 無理をしなければ、山を下りられるだろう。


 ……私一人で山を下って、先生に危険を知らせる。

 それが、一番に私がやるべきことだ。

「不測の事態が発生した場合はすぐに引き返し報告するように」って、先生も言ってたし……。


 地面に手を突き、ゆっくりと立ち上がる。

 ……大丈夫、立てる。

 一刻も早く山を下りて、先生に知らせ――。

 それが最善の行動だと、わかっているのに……。


 もし、私が先生を呼んでくる間にアレスがオーガに食べられたら?

 そんな想像が頭から離れない。……ここから、離れることもできそうにない。

 どうしても、私は彼をおいて山を下りることができなかった。

 でも、私がここに残ったところで何ができるというの……?


 震える手をぎゅっと握り締めると、アレスがくれた結晶がじんわりと熱を持つ。


「灯火結晶……」


 赤く揺らめく結晶を見ていると、自然に図鑑の記述が頭に蘇る。

 使い方によっては発光させて目くらましに使ったり、炎を起こすこともできる錬金術の産物。

 素材としても使用でき、主に明かりや爆薬などに活用できる――。


「爆、薬……」


 私は慌てて、腰から下げたカバンの中を探った。

 本日採取した薬草や鉱石、それに……アレスに返そうと思って忘れていた「陽光石」。

 実習用のリュックには、簡易調合器具や小型のフラスコも入っている。


 これだけあれば、理論的にはそれなりの爆薬が作れそうだ。


 ……でも、爆薬が作れたからと言ってオーガが倒せるという保証はない。

 被害を抑えたいのなら、すぐにでも山を下りて先生を呼ぶべきだ。

 頭ではそうわかっていた。

 でも、私の体は既に別の行動をとりはじめていた。


 地面に布を敷き、その上に乗せた灯火結晶に勢いよくハンマーを振り下ろす。


「灯火結晶を細かく砕き、カルタモの種子を絞ったものと混ぜて、それから――」


 何度も何度も間違えないように手順を口にしながら、私は無我夢中で作業を進めた。



 ◇◇◇



 走る。走る。

 転んで時間をロスしないように気を付けながら、足場の悪い山道をひたすら走る。

 オーガに対する恐怖心は不思議と薄れていた。

 今は、それよりも……アレスがオーガにやられてしまったのでは、という可能性が一番怖い。

 やがて怒り狂ったようなオーガの咆哮が聞こえ、私はそちらの方向へと足を速めた。


「アレス!」


 幸いなことに、アレスはまだ生きていた。

 携帯用のサバイバルナイフを片手に、怒り狂うオーガと渡り合っている。

 そんなアレスの表情が、オーガの後方にいる私の方を見た途端に凍り付いた。


「馬鹿、何で来たっ!」

「いいから、そのまま注意を引き付けて! それで……私が合図したら目を瞑って耳を塞いでしゃがんで!!」


 アレスはわけがわからないといった表情をしていたけど、素直に私の言葉に頷いた。

 オーガも私の存在に気づいたようで、アレスから視線を外しこちらへと振り返る。

 だがその途端、アレスが手元の石を引っ掴んでオーガの頭へと投げつけた。


「お前の相手はこっちだよ、ウスノロ!」


 オーガの注意が再びアレスの方を向き、怒り狂ったような雄たけびを上げる。

 私は意を決して、懐から小さなフラスコを取り出した。


 ……失敗すれば、私たち二人とも危ない。

 でも今は、そんなこといってる場合じゃない!


 大きく息を吸って、私は渾身の力でフラスコをオーガの頭部めがけて投げつけた。

 そして、頭に当たる直前に――。


「《魔法の矢!》」


 凝縮した魔力を矢のように射出する簡単な破壊魔術――魔法の矢を放つ。

 目標はオーガ……ではなく、放り投げたフラスコだ。

 狙いを違わず、私の放った魔法の矢はフラスコを射抜いた。

 これで……準備完了だ!


 その瞬間、私は耳を塞いで叫んだ。


「アレス、伏せて!!」


 次の瞬間、辺りに目も眩むような閃光が走り、それと同時に爆発音が響き渡る。

 目を瞑っていても、瞼の奥がチカチカと光っているようだった。

 やがておそるおそる目を開けた私の視界に映るのは、血を流し地面に倒れ伏し、事切れたオーガだった。


 私が倒したわけじゃない。

 致命傷になったのは、オーガの喉元に刺さったサバイバルナイフなのは明らかだった。


「……やべぇな、これ」


 呆然とオーガの死骸を見下ろす私の耳に、いつものように緊張感のない声が届く。

 顔を上げれば、何故か興奮気味のアレスが足早に近づいてきた。


「何いまの! ガリ勉ちゃんがやったの!?」

「……素材が揃っていたから、即席の爆薬を作ったのよ。それよりあなた、どこか怪我は――」

「すげーじゃん! 錬金術ってあんな爆弾とか作れるわけ!?」

「あなた……そんなことも知らずに錬金術学科に入ったの?」


 私はアレスの無知っぷりに、思わず笑ってしまった。

 その途端、がくりと膝から力が抜ける。


「あっ……」

「っと……大丈夫?」


 寸でのところでアレスが支えてくれたけど、限界を超えて駆使し続けたせいか、私の足はもはや使い物にならなかった。


「……立てない」


 小声でそう呟くと、アレスがけらけらと笑う。


「ガリ勉ちゃんダッサ! さっきはあんなにかっこよかったのに!」

「っ……! その呼び方はやめてって言ってるでしょう!」


 ムキになって言い返すと、アレスは目を細めて笑った。

 いつもの馬鹿にするような表情とは違う、優しい顔で。


「……わかったよ、リラ」


 ……私の名前、憶えてたんだ。

 なんだか気恥しくなってそっぽを向くと、アレスはまた笑った。


「俺もうクタクタだし、帰ろっか」

「……私、歩けそうにないわ。悪いけど学園に戻って先生を呼んで――」

「俺がおぶってくからいいって」


 そう言うと、アレスはしゃがみこんで私の方に背中を差し出した。

 私はいろいろ言いたかったけど、黙ってその背中を借りることにした。

 ……私だって、疲れていたのだ。


「……悪いわね。この借りはいつか返すわ」

「じゃあ今度また一緒に勉強しよ。あの古い工房で」

「……時間があったらね」


「重い」とか文句を言われるかと思ったけど、アレスは案外何も言わずに私を背負ってくれた。

 だがいざ下山する、という時になって、私は大事なことに気づいた。


「待って!」

「え、なに。忘れ物?」

「えぇ、そうよ。……オーガの牙は、貴重な素材なの。採取していくわ」


 至極真面目にそう言うと、アレスはぽかんとした後……声を上げて笑った。


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コミカライズ連載中です! →( https://comic.pixiv.net/works/8024 )
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― 新着の感想 ―
[一言] 「選考」ではなく「閃光」では? また面白そうなお話ですね。楽しみです。
[一言] わぁ~~。初めての名前呼びにドキドキしました。 アレス、強い~。実はできる子なのかなぁ~。
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