第50話 絶対に死ぬな
「少尉」
オーランド邸にある射撃場でオリビアに銃の撃ち方を教えていたファウストは邸宅の主であるオーランド大佐に呼ばれた。
「挨拶が遅れてすみません。お邪魔してます」
「私も今帰った所だ。君もだろう?」
「一時帰還です。部隊全員を通すのに時間がかかりまして、今になりましたけど」
第三次世界大戦が開戦して二年。ネットワークの停止した世界では多くの国が新たな人工衛星を打ち上げようと躍起になり、ソレを阻止する様な攻防が続いていた。
「タネガシマのロケット基地を破壊したと聞いている」
「完全に運が良かったんです。嵐やら敵の離反やらで、現場は大混乱でしたからね」
「少尉。君には助けられてばかりだな」
「二度は出来ませんよ。まだ戦線で身を伏せてる方が良いです」
すると、オリビアは銃弾を撃ち尽くし新しい弾倉を装填する。
「オリビアの事もだ。君の事を兄のように慕ってくれている」
「大佐。差し出がましいと思いますが……もう少しお嬢さんとの時間を取られては?」
「解っている。だが、今はやらなければならない事がある」
オーランドは一部の地域の指揮を取っており、戦争による被害を肌で感じていた。
「来月から私は少将だ。軍上層部の会議に意見する事が出来る」
「おめでとうございます」
「戦争を終わらせる」
その言葉を何よりも待っていたのは今も最前線で弾丸に身を晒している戦場の兵士達である。
「ファウスト……君は絶対に死ぬな。何が何でも生き延びろ」
それは上官から部下への命令のような口調ではなく、父が息子に告げるの様な眼と言葉だった。
実の両親は既に亡く、家族と慕った部隊も失くしたファウストにとって、その言葉は何よりも価値があった。
「了解です。オーランド少将」
「戦争が終わったら、敬礼はしなくていい。この場所にいる時はな」
それはファウストにとって、三番目の家族と思える人たちとの約束だった。
生きて還る。
その言葉は何よりもファウストの心に残っている。
“兵隊さん……メリーね……やりたいこと……いっぱいあるよ……”
『――尉』
「……」
『大尉』
この時のアリスはファウストのみに通信回線を繋ぐ。
「機密回線か?」
『帰還出来ます』
行進してくる無限の軍隊を召喚している『ルルベルの釜』。
その亜空間が放つエネルギーはノート博士が造った亜空間接続装置と同じであると言う。
「間違いないか?」
『はい。あの時のエネルギー反応は詳細に記録しています。目の前の亜空間は同じエネルギーです』
還れる。あの亜空間に飛び込めば元の世界に……
「今はソレは考えなくていい」
『しかし――』
「首の爆弾も外れてねぇしな。それにまだやることが残ってる」
「それは――」
「オレたちが見送ってたヤツだ」
アリスはファウストの言いたいことは理解できる。しかし、それは今優先するべき事かは――
『大尉』
「オレはこう言う奴だ」
その一言はいつものように飄々とした口調ではなく、申し訳なさそうに謝るようなモノだった。
「それに……もう他人じゃないからな」
敵を視界に捉えるディザロアとシャロンを見る。それを振り切るには関りを持ちすぎた。
『過ぎた発言でした』
「だな。オレは上官だからな。一応」
『スーラン。これで全員?』
「いえ、全部族に召集をかけています。順次、この場所に集まるでしょう」
「団長!」
すると、副官のウルクが報告に駆けてくる。
『やぁ、ウルク』
「! まさか……シャロン様で?」
『こっちが本当の姿だから怖いと思うけど、よろしく』
「いえ! 頼もしい限りです!」
「ウルク、報告を」
「はい!」
団長の言葉にウルクは改まって戦力の状況を告げる。
「騎馬連隊精鋭『ゼルオール』5000。戦闘準備に入りました!」
「分隊は指示を出すまでは本隊に組み込む。『風破』の発動準備だけは入念にするようにと各大隊長には厳守」
「了解です」
そして、スーランは一度敵を見下ろし、推定戦力を測る。
「敵推定戦力15000。ただし、目に見えている体数を暫定のものとする」
「暫定ですか?」
「ああ。だが装備の情報がない以上、その倍はあると思え」
「いや、三倍は考えておいた方が良い」
二人の会話にファウストが割り込む。
「貴殿は……シャロン様の関係者か?」
「はい。ファウストと言います、団長殿」
スーランはシャロンが側に置いている以上、こちら側であると瞬時に察する。
「必要な事は以外は避けて会話をしたい」
「もちろん」
「敵の装備の火力、射程は?」
「開けた戦場であることを加味して、一人で五人分の火力、500メートル圏内から弾幕に晒され、共に進んでいる兵器には剣や弓は通じない」
「後ろを進んでいる兵器は攻城兵器の類いですか?」
ウルクが戦車と装甲車についてファウストに問う。
「その役目もあるが、大抵は歩兵支援の為のもの。いわゆる弾除けの類だ。逆に懐まで入れば、見たままの戦力で問題ない」
「それならば問題は無い」
『僕の名前はシャロン。この場に『竜の魔王』が居ないことを不安を持つ者も居るかもしれない』
シャロンは念話で騎馬連隊5000人、一人一人に己の言葉を届けていた。
『僕は君たちが思っている様な偉大な竜じゃない。僕一人じゃ……この国を護れない。だから君たちの力を貸して欲しい』
皆が静かにシャロンの言葉を聞き、その心が熱く燃えていくような感情を覚える。
『かつて、この草原を護る為にサハンは前に立った。あの時の英雄達はこの場に居ないけれど、僕たちは彼らの意思を継いでいる』
シャロンは自分の見ている敵を皆の頭の中に移す。そこには草原を犯す“歪”が行進していた。
『一万年前の戦いは今も続いている! 奮い立て草原の末裔たちよ! 英雄たちから受け継いだその『義』は、今世界に最も求められている事だ!』
大地が割れんばかりに奮起の声が一斉に上がり、シャロンは一度羽ばたいて巨体を浮かせた。
『皆! 行くよ!!』
世界の命運を分ける戦いが始まる――




