第45話 世界を救うセクハラ
タイトルは『尻』にするかどうか悩みました
「お前さん、ずっとしかめっ面だな」
ディザロアは市場でフードを目深にかぶり、イノセントと歩いていた所をそう言って呼び止められた。
「おっと警戒するなよ。同族だ」
そう言って男は先にフードを少し上げる。その頭には『角有族』の証である角が存在していた。
「あんただろ? 南の街で騒ぎを起こした例のヤツってのは」
『呪のディザロア』が現れた。
数週間前にイノセントを助けた時の事は既に周辺諸国で知れ渡り、要所となる街や拠点では常に兵士が警戒している。
「だったら何だ?」
ディザロアは近くの掲示板を見る。そこには自分の事がごく最近にお尋ね者として張られていた。
「行くあてはあるのかい?」
イノセントはディザロアの袖を引っ張って構わずに行こうと意思表示する。
「答える義理はない」
「俺は北の大陸に帰る予定だ」
その言葉に思わず足を止めた。
「『角有族』の角は高値で取引されるからなぁ。南の大陸には長居しないと決めてる。北で魔王の庇護下に入った方がまだ平穏に暮らせる」
平穏。その言葉にディザロアとイノセントは惹かれるものがあった。
このまま逃げ続けてもいずれ限界が来る。現に今も、何かを調達するにはいくつもの手間をかけている状態だ。
「ひとり旅は寂しくてな。話し相手を募集中だ」
「……」
「おっと、言い方を間違えた。一緒に来ないか? 魔王とは何人かコネがある。ここよりはマシだぜ?」
「信用していいのか?」
「それを聞くかねぇ。まぁ、お前さんを騙すならハン組長にイカサマするか、クラウディア殿下にセクハラする方が生存率は高いな」
それが、飄々とした『角有族』の男――オーベロンとの出会いだった。
あてもない旅の中、オーベロンは私達を導いてくれた。
彼が居たから北南の国境を越えられ、『竜の魔王』と謁見することが出来たのだ。
しかし、彼は北の大陸に入る直前に命を落とした。
「お前が……弟の娘だからだ」
何故、私を庇ったのか。死ぬ間際のオーベロンに尋ねると、彼は伯父だと明かしてくれた。
許せるものか……
決して……お前を……逃しはしない……ドレイク!
家族の仇だ。どんな手段を使ってでも――コロス……
その時、視界が煙に覆われる。
「あれが、総統閣下の言っていた“過ぎた容量”か」
バーキ遺跡群から飛行し、悠々と離れるダーレンからも、ディザロアの“呪波”は捉えていた。
「あの程度ならば問題ない。“バリスタ”なら討てよう」
南の大陸に残っていた“呪波”の跡地を解析した結果、呪いとは耐性を持たない魔力に作用する事がわかっている。
この世界の者たちは己の魂と魔力が混ざりあっている故に装備無しで魔法が使えるのだ。
故に魔力を持たない別世界の住人であるファウストやダーレンはディザロアの“呪い”は効果が無いのである。
ただ、“呪い”によって引き上げられた物理的な攻撃の超過は従来通りにダメージを負うが。
「所詮は生物。脳と心臓のどちらかを潰されれば生きてはおるまい」
『魔装甲』は装備するだけで、あらゆる障害の排除を可能にする事をコンセプトとしている。
目標は単騎での“竜族”の討伐。ゆくゆくは北の大陸の完全制圧の足掛けとなる要素だ。
「ふふふ。今に世界は私の『魔装甲』を前に驚異を抱くだろう!」
その時、手に持っていた『ルルベルの釜』が不意に光り出した。
「何だぁ?!」
そこでダーレンの意識は『ルルベルの釜』に吸われるように途絶える。そして、下の平原へと落下して行った――
“さぁ……世界を救おうか”
空間が歪み、巨大な眼の形をした亜空間が出現する。
ディザロアの眼にはドレイクしか映っておらず、頭の中は彼女を殺す為の思考で埋め尽くされていた。
負の感情。それは己の呪魂を強く表に出し、周囲全てを死に至らしめる。
視界が煙で覆われていても関係ない。
『角有族』は主に索敵に秀でた種族だ。例え、眼を潰されようとも一定の範囲なら物体を認識できる。
「そこか」
背後からの気配。ディザロアは振り向きつつ、魔剣を振るう。
「オレだ」
しかし、聞こえた声に剣を止めた。そこに居たのは生身のファウストだった。
「区別は出来るみたいだな」
ファウストは黒く塗り潰された様に己の呪で顔の見えないディザロアに告げる。
「……何をしに来た? この煙はお前の仕業か?」
「まぁな。こっちの戦局が悪くてよ。手伝ってくれ」
今、『魔装甲』と戦っている『人型強化装甲』には中身は無く、アリスが全自動で動かしている。
「断る。私はドレイクから眼を離せない」
目の前に家族の仇が居るのだ。その他の事に構っている余裕はない。
「まぁ、待てよ」
「ひっ!?」
突っぱねられたファウストはディザロアの臀部を撫でて再度注意を向ける。
「何をする?!」
ホールドアップするファウストにディザロアは赤面しながら魔剣を突きつけた。
「話を聞けって。無視する度に尻を触るぞ」
「次にやったら、その首を斬り落とす!」
「ワハハ。どうせリミットも近いしな。その脅しは今のオレには効果ゼロだ」
ファウストの首にある『破壊の呪い』それを見てディザロアは少しだけ冷静になった。
そして、いつの間にか顔を覆う程の呪いは消えている。
「奴らとは相性が悪い。だから対戦カードを交換しよう」
「……無理だ。ドレイクは私の家族を殺した……ヤツから眼を離すなど……」
出来るわけがない。右胸の傷を見る度に思い出すのだ。伯父が死んだ時の事を――
「別に復讐するなって言ってる訳じゃない。お前の殺意もわかるが、今は生き死にがかかってる場面だ」
「ファウスト、悪いが――」
「それにアイツの掌の上に乗りっぱなしってのも癪だろ? お前、派手に踊りまくってるぜ?」
「…………」
ドレイクは最初からディザロアだけにターゲットを絞っている。
「戦いってのは、いかに相手の嫌がる事をするかだ。あの女はお前に固執してる。なら、嫌がる事してやろうぜ?」
『魔装甲』の部隊とディザロアの交戦。それは最も敵が望まない組み合わせである事は明白だ。
「……ファウスト」
「なんだ?」
「ドレイクを絶対に逃がすな」
「言われなくても、ヤツの逃亡はオレの死だ」
ファウストは首の『破壊の呪い』を見せながら言う。
「それと……ありがとう」
少し恥ずかしそうに礼を言いながらディザロアはファウストとすれ違う。
「気にすんな。また、同じような事になったら胸を鷲掴みにして引き戻してやるよ」
「……お前は向こうの世界でもそんな調子だったのか?」
「男はな……女の尻と胸の為に生きてんのさ」
「……お前がアホだと言うことは良くわかった」