第30話 草原の国と使者
風が流れ、草原の青草を揺らす。
草原の国『サハン』では“穏やか”を体現したようにゆっくりとした時間が流れる。
豪華絢爛な先進国に比べて田舎の様に見える、この国は大きな軍事力を持たない。
古びた城は風化を保護する魔法によって一万年前も形を保ち、中にある王座には埃が積もっていた。
『サハン』の王は過去に1日だけ存在した。
『竜の魔王』と契約を交わし、以降は誰も王座に座る事はなかった。
それは誰かが願ったわけでも、拒絶しているわけでもない。
一度、『サハン』を見れば誰しもが分かる。この国は王など居なくても皆が笑顔で平和に暮らしており、誰も支配は望まない。
最低限の秩序を護る『騎馬連隊』は国のあちらこちらで起こる小事に馬を走らせる程度。
大きな事件も、国を脅かす脅威もない、平和な草原の国であるサハンは、本当に何もないのだ。
全く特徴のないと言えばそれまでだが、急ぎ足に疲れた者にとって、この国への来訪はあらゆる価値が覆る事もあるだろう。
「いいね。オレも老後はこんなところでビールでも飲んで隠居したいもんだ」
『観光に来たのではありません』
ファウストとディザロアの乗る馬車は、終着点の国で最も商業の集まるサハン城に着いていた。
「しかし道案内は必要ねぇな、こりゃ」
城と言っても、観光名所のような古びた城と人の少ない城下町が、ふわふわとした雰囲気に包まれているだけだ。
城門はあり番兵もいる。荷物があった為、引き留められたが、少し中身を改めただけで特に詮索はされなかった。
「緩いのか、それとも『魔王』の庇護を信じてるのか。どちらにせよ危機感の足りない国だな」
均等に建ち並ぶ建物。誰もが顔見知りの様に顔を会わせれば立ち止まり、談笑を始める。
武器を見たのは番兵のモノだけ。何故、ここまで警戒心が無いのか、逆に不思議になるくらいだ。
「完全に職業病だな。少し聞き込みするか」
『サハン城のマップを表示します』
『人型強化装甲』はアリスに操作を任せ、地図作成の為に『光学迷彩』で町中を徘徊させている。
『広場に人が集まっているようです』
ファウストの眼鏡にサハン城でも一際広い地点に無数の生体反応が表示された。
「行ってみる。お前は迷彩の効果時間を気を付けつつ、あまりオレから離れるな」
『了解』
ここからは完全に賭けである。犯人は来るだろうが、残り4日以内に『サハン』を襲撃するかは不明だ。
「あっちでも収穫があると良いけどな」
ファウストは、『竜の魔王』の使者としてサハン城にある『騎馬連隊』の本部へ赴いたディザロアと二手に別れていた。
騎馬連隊、団長スーランは来客者に対応していた。
「つまり、貴殿はサハンを貴国の傘下に加われと?」
「無論。王の居ない国とは言え、北の大陸への足掛けには十分な価値がある」
「北の大陸は七人の魔王の支配地だ。南の大陸ではそれを把握されて?」
「無論だ。我らが総統閣下は、かねてより北への進行を考えている」
「ならば、止めておいた方が良い。少なくともこの地は『竜の魔王』の契約下にある」
「一万年前のカビた契約に何の意味がある? 時代は進んで居るのだ。いずれ魔王も滅びる時代が来る」
「例え、そうなったとしてもサハンは貴殿達の傘下に収まるつもりはない」
スーランは一度手を叩くと、それを合図に受け取った下士官が執務室の扉を開ける。
「お引き取り願おう。それと国境近辺での圧力行為と共に即刻引き上げるといい」
「ただの田舎国風情が……後悔するぞ」
去っていく使者の背にスーランは教えるようにサハンの信念を告げる。
「貴殿の言葉には何一つ『義』は感じられない。力による支配は我々が最も忌み嫌う行為だ」
「……その強気な発言も『竜の魔王』ありきだろうが」
「例え『竜の魔王』が我々を見捨てたとしても、我々の本質は変わらない。その旨を総統閣下にお伝えいただこう、ダーレン卿」
使者――ダーレンは吐き捨てる様に鼻をならすと執務室から出ていった。
「お疲れ様です、団長」
年に何度かある、他国からある強引な要請をスーランは馴れたように毎回、捌いている。
「よくいる手合いとは言え、よくあそこまで強気に出れるものだ」
サハンは『竜の魔王』に護られている。それは北の大陸では誰もが知っている事だ。
故に、何かと要望を押し付けてくるのは南の大陸からの使者だった。
「南でも『魔王』の事は伝わっているはずだと言うのに」
「彼らはきっと『竜の魔王』様を知らないのだと思います」
「百聞は一見に如かず……か。しかし、些か気になる所だな」
「何か懸念が?」
「……念のため“大釜”の警護を増やす。彼らが国から出るまででいい」
「分かりました」
下士官は出ていくと、スーランは書類の溜まった机に座る。
すると、間を置かずにノックする音が聞こえた。
「今度はなんだ?」
何かを伝え忘れた下士官が戻ってきたと思ったスーランは入室を促す。
「失礼する」
入って来たのは仮面にフードを被った女だった。予想外の不審者にスーランは机の横に置いていた剣を取る。
「どうやってここまで入った?」
「私は敵ではない」
「証明できるか?」
すると仮面の女は封印の魔法が施された瓶に入っている『竜の魔王』の鱗を見せる。
「……まさか」
「『竜の魔王』ライザーハンの遣いだ。事を大きくしたくない故に、最小限の接触のみで来訪させてもらった」
仮面の女――ディザロアは、今回自分が来た目的と『竜王会』で起こっている事を説明する。




