第27話 『竜の魔王』ライザーハン
「到着だ。ここが爆発の中心だな」
早朝。
ファウストは先日、相対した『太古の原森』との戦火跡に足を運んでいた。
爆心地は抉れるように大穴が出来ており、地面からは未だに熱を発している。
「相当な範囲だな。流石に『太古の原森』と言えど耐えられなかったか」
ファウストの装備した『人型強化装甲』の背に運ばれて共に現場に来たのはディザロアである。
『村への影響が無い様、可能な限り出力は調整しました』
「何回も出来る事じゃない。流石に生きてましたって出てきたらもう手はねぇな」
「お前の世界ではこんな事を何度も出来るのか?」
「やり様によってはな。だが、オレ個人としては進んで使いたくない手段だよ」
戦争で廃れた土地は嫌と言うほど見てきた。仕方がなかったとは言え、敵を殲滅する為だけに兵器を使うのはファウストとしても不本意な所なのだ。
「……悪かったな。お前の都合はわからないが、オレも死ぬわけには行かない」
爆心地の中心で屈み、ファウストは焦げた土を持ち上げて告げる。
何に対しての言葉なのかは彼にしかわからないが、ディザロアには追悼している様に映った。
「それで、ここに来た理由は現場確認だけか?」
ファウストはディザロアに言われて戦闘跡の様子を見に行くので、案内を頼まれてここに来たのである。
「それもある」
「それも?」
『大尉。高速で迫る生体反応があります。二秒で接触』
「間がねぇな」
晴天の空を切り裂く様に流線型の戦闘機が通り抜ける。
否、戦闘機ではない。こちらを確認するように速度を落として上空を旋回するのは一体の竜だった。
「アリス」
『生命体です。少なくともワタシ達の数百倍のエネルギーを内臓しています』
竜は翼を開いて更に速度を落とすと緩やかに二人のもとへ降りてくる。
すると、地面に着く寸前でその姿は竜からヒトへと変わり二人の前に“眼帯をした女”が着地した。
「や、ディザロア。元気みたいだね。フワァ……」
「相変わらずだな、ホン」
やる気の無い様子の女――ホンは常に眠そうにしている。『竜王会』でも副組長直下の組員だった。
「リーの姉さんは……いないか」
「連れてきた方が良かったか?」
「いんや。いない方が良いよ」
ホンは残った片眼でファウストを見る。眠そうな眼であるが、敵意を宿していた。
「オヤジ、怒ってるから」
ホンが上空を旋回しながら雲で描いた魔法陣が光る。
光の柱が現れ、ホンは脇に逸れると頭を下げて光の中から現れる存在を迎えた。
光の中から現れたのは車椅子の老人、それを押す少女、火傷痕が顔に残る中年男、の計三人の竜族である。
「おいおい……」
その中で車椅子の老人を見たファウストは絶句した。
考えられるだけの最悪な気配を肌が感じとる。人間性で図るレベルはとうに越え、無慈悲な津波を正面から見上げたようなものだった。
『大尉、あの四人は危険です』
「わかってるよ。オレの勘も過去最高に警報を鳴らしてる」
生物としても次元の違う存在。それがこちらに対して敵意を向けて現れたのだ。
「チャン」
「捕まえました」
「ホン、奴が飛んだら殺せ」
「りょーかい」
「おやっさん、うちは?」
車椅子を押している竜族の少女――シイは役割を問う。
「車椅子を押せ」
『竜の魔王』――ライザーハンは、ファウストに視線を向ける。
ファウストは動けなかった。
それは精神的に萎縮しての金縛りではなく、物理的に地面に埋められた様に『人型強化装甲』をもってしても指1本も動かせないのである。
『外部圧力は本装備の許容範囲を大きく越えています』
「多分、三人の内の誰かだな」
ファウストは、ライザーハン、チャン、シイの現れた時に身動きが取れなくなった事からその内の誰かの能力であると推測する。
「ディザロア、そいつから離れろ」
「その前に説明して欲しい。なぜ、ハン組長は車椅子に乗っている?」
ディザロアは現れた『竜の魔王』が自力では歩くことが出来ない様子に信じられなかった。
「ディザロア! テメェ、オヤジと対等のつもりか!? まとめて消されたくなかったら言う通りにしろや!!」
チャンの怒号が響く。この場に置いて何よりも優先されるのはライザーハンの言葉以外にあり得ないのだ。
「ディザロア、三度目はねぇぞ。どけ」
邪魔するな、と万物が萎縮する眼光にディザロアは本能からファウストから離れた。
「ようやく会えたな、クソヤロウ」
ライザーハンはチャンによって拘束されているファウストに聞こえる距離までシイに車椅子を押させる。
「悪いが初対面だ。自己紹介してくれると助かる」
場が怒気を超えて殺気立つ。しかし、ファウストとしても何故ここまで恨まれてるのかわからない事には始まらない。
「そうか、そうか。ワシを知らなかったか。なら仕方ないのう」
カッカッカ、とライザーハンは笑うが、その眼は一切ふざけていない。
「ワシは『竜の魔王』ライザーハンと言う。理解したか? 矮小な生物よ」
向けられる憤怒はこの世界において最も起こしてはならないモノ。
今の状況を打開する為には『人型強化装甲』では絶対に不可能だった。