第23話 神殺し
「行くの?」
「ああ。兵士は一人でも多い方がいいからな」
「パパに頼めばいい」
「まぁ、お前が大佐に言えば出来なくはないな」
「決まり」
「決めるな。身内贔屓は戦争では一番ダメだ。覚えとけ」
「……ファウスト。わたしはあなたに死んで欲しくない」
「ハハハ。こう見えても悪運は強いんだよ」
「……あなたは家族」
「嬉しいね」
「だから……」
「だから、戦場に立つのは兵士の役目だ。帰りたいと願う兵士を護るためにオレは戦争に行く」
「でも……」
「ありがとな、オリビア。お前のおかげで、何のために銃を撃つのか解ったよ」
第三次世界大戦開戦時、ファウストは兵役に戻り、程なくして部下を持つ。
終戦後、部下の誰もが口を揃えて笑いながらこう言った。
ファウスト隊長は部下よりも、何より銃を持たない者より先には絶対に退却しなかったと――
『理解できません』
「それはどっちに言ってんだ?」
地が鳴動し、状況はどんどん悪くなると本能が理解していた。
周囲の木々が古へと還る。
『太古の原森』の回りには無数の樹槍が空中で生成されて、陽虫によって浮かぶ。
「旦那は離れたか?」
『まだ、危険域に居ます』
「もう少し戯れてやるか」
ファウストは『太古の原森』に向かって走る。同時に無数の樹槍が音速で放たれた。
「『TSO』起動」
飛来する樹槍をファウストは前に進みながらも、身を反らし、屈み、背面で飛び越えるなどの回避行動で隙間を抜けるようにかわして行く。
その際に飛来する樹槍を一本掴み、『太古の原森』へ投げ返した。
樹槍は『太古の原森』に刺さるものの、ほどけるように身体の一部となる。
「まぁ、効かないか」
木の根がファウストの動きを阻害するように真下から吹き上げる。
ファウストは軽業師の様にかわして、『太古の原森』へ更に接近した。
樹槍が先ほどの倍は生成されていく。
接近しつつ、ファウストは『人型強化装甲』の『衝撃装甲(開放)』を展開。
「重なったぞ!」
それが合図のように樹槍が発射されるが、同時に放たれた『電磁加速砲』の方が速かった。
ファウストに着弾した『電磁加速砲』の砲撃は、その衝撃を正面へ向きを変え、樹槍を吹き飛ばし『太古の原森』をバラバラに吹き飛ばす。
「どこ――アリス! 真下だ!」
ATT-2を持ち上げるように現れた『太古の原森』に陽虫は集まる。
同時に木の根がATT-2に巻き付き、その車体を押し潰す様に圧力をかけた。
「ここまでだ! 退却するぞ!」
『了解』
ファウストは、ATT-2の空気窓に腕を入れてアリスを回収すると、外付けの機関砲を外して離脱する。
ATT-2は丸めた紙くずの様にひしゃげ始めた。
脇目を振らずにファウストは走る。しかし、逃がすまいと木の根が彼の行く手を塞いだ。
「全く、土産話にしても誰も信用しねぇよな!」
スライディングをしながら、脚部バーニアで速度を落とさずに機関砲を撃つ。
一発、二発、三発、四発目にして薄く向こう側が見える。
五発目で貫通し、機関砲を捨てるとその隙間を滑り抜けた。
「ウハハ! 脳内麻薬出まくりだ!」
『離脱を』
「わかってる!」
ファウストは立ち上がると『人型強化装甲』の離脱能力をフルに発揮し、最速でATT-2から距離を広げて行く。
ガンドは出来るだけ『太古の原森』から離れる様に移動していた。
しかし、このままでは島全体がヤツの支配域になるのは時間の問題である。
リーが言うには『太古の原森』は、古の樹がある場所ならどこにでも現れると言う。
交戦するまでは半信半疑だったが、何度倒しても現れた姿を見れば納得するしかない。
「ディザロア、聞こえるか。島を離れる準備をした方が良い。何とかして組長と連絡を――」
「旦那ァァ!」
その時、背後からファウストの声が割り込んだ。
どうやら無事に離脱出来たらしい。しかし、その様子は酷く慌てている。
「今すぐ、伏せろぉぉぉ!」
まただ。また、汚す……
この美しい世界を汚すモノども……
せっかく……ここまで綺麗にしたと言うのに……
この世界に必要ないのだ……オマエたちは……
『太古の原森』はATT-2を原型を留めぬ程に潰し終えた。
次は島に巣くう汚物ども……
木を倒し、我が物顔で島にいる。
全て――
『太古の原森』は気づかなかった。
ATT-2の動力源である、プラズマリアクターは外部からの圧力では決して壊れる事はなく、機能を停止するにはブラックボックスに直接アクセスするしかない。
権利を持つのは、開発責任者のノート博士と、運用を想定されたアリスのみ。
アリスは退却時にファウストの命令で正位置に回転するリアクター内部を逆回転させ、相反する作用を作り出した。
それが動力内で膨張し、安全弁によって抑えられるがすぐに許容容量を越え――
『来ます』
『人型強化装甲』にはタイミングが表示される。
閃光が強くなった刹那、熱波と衝撃波が同時に炸裂し、ATT-2を中心に轟音が走る箇所全てを灰塵と化した。
島のどの位置からも見えるキノコ雲が高々と空に上がる。