第17話 絶叫マシーン
あの子が死んでから、あたしはあの子と過ごした家でずっと待ち続けた。
「少し出かける」
彼がそれだけを言い残してから二週間。戻らない時間が増える度に、あたしは何故一緒に行かなかったのかと後悔した。
そして――
「遅くなった」
彼が戻って来た。あたしはそれだけで嬉しかった。
全部『人族』に殺されて、村には誰も居ないから、彼も失ったら正気ではいられなかっただろう。
身内を失うのは心が引き裂かれる様に苦しいから……
「君がビリアか?」
彼は見知らぬ者達を連れてきた。
「私はディザロア。こっちは、イノセントとオーベロン」
ディザロア。その名前は魔族界隈でも有名だった。
「ガンドさん……彼女は?」
「村の皆の仇を討つ際に協力してもらった」
すると彼女が前に出てくる。
「ガンド、ビリア。良ければ私たちと一緒に行かないか?」
家族、仲間、そして明日を見失ったあたしたちに彼女は手を差し伸べてくれた。
ファウストの『人型強化装甲』に背負われたビリアは久しく悲鳴を上げていた。
それもそのはず。ファウストは崖に向かって全力で走り、そのまま飛び降りたからだ。
『『磁界制御』を発動。対応物質との状況適正値を補正します』
しかし、次にはファウストは崖に吸い付くように走り降りていた。
「はぁぁぁ!?」
ビリアは地面に向かって走る感覚など今まで経験したことがない。
異常なファウストの行動に対して変なリアクションしか取れなかった。
「アリス、背にお客さんが居る。加速度を誤るなよ」
『了解』
「ちょっと! ひぁぁぁ!」
地面が高速で迫る。恐怖体験の連続にビリアはまともな言葉が出なかった。
「ハハハ。お前さん、絶叫系とかだめなタイプだろ」
推進装置による減速にて無事に着地したファウストは背から降りて、ぐったりと木に寄りかかっているビリアを見て笑う。
「うるさいわね……最初から飛び降りるなら言いなさいよ……」
端からみれば自殺にも等しい行為。やっぱり『人族』は狂ってるとビリアはファウストを睨み付けた。
「アリス、この木はどうだ?」
『問題はなさそうです』
「あ、ちょっと待って」
手短に近い木を切り倒そうとしたファウストを止める。
「それはダメよ」
「理由が?」
「それ、“あたし”だから」
ビリアの発言にファウストは少し沈黙し考える。
そして、ビリアと木に対して交互に手をかざし、
「双子?」
「『樹族』は基本的に、自分の分身を蒔いて、一定の土地に根を張るの」
「ほー。何か出来るのか?」
「感知や索敵が主よ。後は周囲の植物に少しだけ干渉したり」
『樹族』は一定の土地に永く滞在する事で真価を発揮する。しかし、それが無ければ『人族』にも劣る存在だ。
その為、土地を持たずに旅をする『樹族』は死にたがりとも言われる程である。
「だから、この周辺の木は切らないで」
身内は、ビリアの魔力から木が彼女であるかどうかを察知できる。
しかし、ファウストは魔力感知が出来ない為、その見分けがつかない。
「どこなら良い?」
「いつも、切り出しをしてる作業区画があるからそこに行きましょう」
「遠いか?」
「徒歩で半日かかるわ」
行きは魔鳥によって大幅に短縮できるが、今回は少し難しい。
「そうか。じゃあ、道案内を頼む」
ファウストは再び屈むとビリアに背を向ける。乗れ、と言う事らしい。
「……あ、あたしは遠慮しておくわ」
「いいのか? 逃げるかも知れないぜ?」
ファウストの挑発にビリアはここで彼と離れる事は、今までの自分の行動が無意味であると悟る。
「~~~~……わかったわ」
ビリアは渋々その背に再び乗る。
「でも速度とかはちゃんと遅くしてぇぇぇぇぇ――」
彼女が何かを言う前に、ファウストは走り出す。
木々の隙間をスレスレで抜ける度に、ビリアは声を上げる。
「ハハハ。黙ってないと舌噛むぞ」
「あんた! 絶対楽しんでるでしょぉぉぉぉ!」
ビリアの絶叫は森の中を横断するように響き渡った。