第16話 ファウストとビリア
「博士」
「ファウスト……君か……」
『出血が酷すぎます。生命活動の停止まで三十秒です』
「何故、こんなことを?」
「……私はただ……目指しただけだ」
「……人にはそれぞれ理想がある。貴方の言葉です。貴方はこんなところで死ぬべきではなかった」
「私にとって最初からこの世界に未練はない……無かったのだが……最後に揺らいでしまった」
「何故ですか……博士!」
「あの子が……泣いているかもしれない……迎えに行かなくては……」
『脈拍低下。間も無く――』
「……君は……私のように……命を無駄にするな」
それがノート博士の残した最後の言葉だった。
「リーさん」
ディザロアは郵便用の魔鳥に絵も付け加え、後を任せるとその足でリーの元へ向かった。
「ロア。ファウストさんの様子はどう?」
「特に問題はない。それよりも、ハン組長と連絡が取れないと聞いた」
「そうなの。暇さえあれば魔力で会話をして来たのだけれど、最近は一週間は連絡が無いわね」
心配はするリーは簡単には彼の元に戻れない為、どうするか悩んでいた。
「……ヴォルトが易々と領地内に入って来た事といい、当人に何か起こったのかも知れない」
「正直、それが一番考えられないのよ。ロアも良く知っているでしょう?」
「ああ。しかし、“絶対”も無いと思う。」
「その場合はシャロンから連絡があるのだけれど……」
リーの持つ、もう一つの伝手も機能していない様子だった。
「……一度、様子を見に行く必要があるかも知れない」
「私もそう思うけど少し早計ね。手紙を送ったから返答を待ちましょう。特に今、貴女がここを離れるのは良くないと思うの」
ファウストの存在は村の皆には悩ましい問題だ。
一番問題のあった、ラインと炎理に関しては治まったものの、『人族』を嫌悪している者は多い。
「木材が欲しいんだが。どこのモノを使えばいい?」
納屋に収まっていた道具を全て外に出したファウストはビリアに話しかけた。
「そうね。村には必要な分しか上げてないから……新しく取りに行かないといけないわ」
「やっぱりそうなるか」
円柱に切り取られた様な地形の上にあるこの村では、手短に調達出来る物資は何もない。
「基本的に必要なモノがあれば下まで降りる事になるわ」
魔鳥では一度に上げられる物資は限られる。その為、菜園等は上にあるが、それ以外のモノは全て下で調達し、持ち帰る必要がある。
「そうか。アリス」
ファウストの号令に、鎮座していた『人型強化装甲』は立ち上がり、覆い被さるように彼へと装着される。
「……やっぱり、動けたのね」
「黙ってたつもりはないぜ?」
最後に外していたアイガードを統合するように頭部まで覆われる。
『命令を』
「とりあえず、下に降りたい。方法は?」
『地形を分析し、鉄鉱石に近い成分が多い事を確認しています』
「て、ことは?」
『問題なく降りれます』
「飛び降りる気?」
ファウストの様子からビリアは魔鳥を使わずに降りようとしていると察する。
「正確には違う」
「……理解出来るように説明してくれない?」
「走る」
「走る?」
「一緒に来るか? お目付け役なんだろ?」
ディザロアと入れ違いで残ったビリアの意図をファウストは察していた。
「そうね。それじゃ、お願いしようかしら」
ファウストはしゃがんで、ビリアを背負う姿勢になる。
ビリアは少し抵抗があったが、装甲の隙間に“自分”を挟む事が出来ると思い、ファウストの背に乗る。
「アリス、調整は任せる」
『了解』
と、ファウストはビリアを抱えたまま崖に向かって走り出した。
何をするのか興味があったが、際が近づくとビリアに余裕が無くなる。
「ちょっと……止まって!」
『適正距離まで加速を』
「あああ~!!」
走行は更に速くなる。そして、崖から飛び降りると同時に珍しいビリアの絶叫が村に響き渡った。