第14話 精神診断
「驚いたな」
その言葉が口から出るほどにファウストはリーの姿を見て感嘆とした。
「この子?」
「そうだ。リーさんから見て第一印象は?」
リーは穏やかな眼でファウストを見る。
「貴方は優しいのね」
そして、にこり、と笑った。その様は日向で孫に向けるモノと大差ない。
「こっちもだ。まさか、ここまで達してる存在は初めて見た」
「達してる?」
「リーさん、気にしなくていい。たまに変なことを言うんだ」
「ロア、言葉に意味の無い事などありませんよ」
「そうは言ってもな……」
本当にその通りなのだから、リーを呼んだのだ。
リーはガンドが気を利かせて持ってきた椅子に座り、ファウストと正面から向かい合う。
「お名前から聞いてもいい?」
「ファウストだ」
「ファウストさん。貴方は一人でここに来たの?」
「いいや。二人だ」
ディザロアとガンドはその事実に警戒体制に入る。そして、ファウストに詰め寄ろうとした所をリーが二人に手をかざして制した。
「もう一人はどこ?」
「そこだ」
ファウストは『人型強化装甲』へ目線を向ける。
「その中には誰もいない」
ディザロアは『人型強化装甲』がファウストに装着されることで初めて自立する事は理解している。
「それは『人族』?」
「いや、生き物じゃない。自我はある。そうだな……ヴォルトとか言うヤツと同じようなモノだ」
「何故隠してた?」
「別に隠してた訳じゃない。聞かれなかったから答えなかっただけだ」
「ロア」
質問に割り込んだディザロアをリーは見る。
「あ……すまない」
「私が全部聞きますから」
ごめんなさいね、とリーは一度謝り、改めて質問を続ける。
「その子は男性? 女性?」
「分類は女らしい」
「その子は私達に攻撃する?」
それはファウストの処遇を左右する質問である。
「いや、オレの命令が無ければ戦闘行為には移らない」
「今は何を?」
「待機させてる。まぁ、オレとしても荒波を立てるつもりはない」
「そう。貴方は物凄く、損する性格ね」
「よく言われる。実際に今も損してるしな」
あら、そうかしら。と、リーは微笑み、ファウストも笑う。
「リーさん」
「彼は何一つ嘘を言っていないわ」
その言葉にディザロアとガンドは警戒心を解く。
「それに一応、そっちにもこの事を知ってるヤツはいるぞ」
「なに?」
「あの片眼を隠した嬢ちゃんだ。確か、イノセントって呼ばれてたな」
「……ガンド、悪いが」
「構わん」
額に手を当てるディザロアの指示にガンドはイノセントを呼びに離れて行った。
「ファウストさん、その彼女とお話は出来るかしら?」
「アリス、スピーカー・オン」
『大尉は機密の意味を辞書で引いてくたさい』
『人型強化装甲』からの声にディザロアは元よりリーも珍しく驚いた。
『こんにちは、リー、ディザロア。会話の許可を頂きましたので、発言をいたします』
「別に隠してた訳じゃないよ。後で話そうと思ってたの!」
「それでも知った時点で共有するべきだ」
ガンドはイノセントの弁明を聞きながら、ディザロア達の元へ帰ってくる。
「ディザロア」
「戻ったか」
すると、イノセントはサッとガンドの影に隠れる。
「言うつもりだったからね!」
「イノ……別に怒ってない」
「それで、アリスさん。貴女はどの様にこの鎧を動かしているのでしょうか?」
後ろでの騒がしさを尻目に、リーは質問を続けていた。
『正確には動かしているのはワタシではありません。ワタシは大尉の動きを補佐し、本来の出力以上のパフォーマンスを実現させる役割を担っています』
「貴女単体ではこの鎧を動かせないと言う認識でいいのかしら?」
『いいえ。単純な動作による行動は可能。しかし、それには登録者の許可がなければ不可能です』
「それは、彼の許可かしら?」
リーの示唆する存在はファウストの事である。
『はい。現在、大尉より“待機命令”を言い渡されています』
「そう。答えてくれてありがとう、アリスさん」
と、リーはアリスへの質問を止め再びファウストへ向き直る。
「ファウストさん。最後の質問をいいかしら?」
「何でもどうぞ」
次のリーの質問でファウストは初めて同様を見せる事になる。
「その、首から下げてる金属のペンダント。名前が書かれていますよね?」
「ああ。読めるのか?」
「いいえ。何となくわかるだけ。もしかしてご家族の方?」
少しだけファウストの雰囲気が変わった。
ディザロアもその話題を出した時に、彼の様子が一変した事を確認している。
あの小さい金属のペンダントは彼にとってどんな意味があるのだろうか。
「いや、違う」
「恋人?」
「違う」
「それじゃ――」
「彼女の名前はメリー・ポー。年齢は10歳の女の子で、顔を会わせたこともなければ、僅か30分程度の関わりだ」
『……』
リーは、淡々としていたアリスからも始めて感情のようなモノを感じた。
「そう。嫌な事を聞いてごめんなさい」
それだけで、ファウストにとってのタブーである事を察したリーはそれ以上は追求せず、椅子から立ち上がる。
「ロア、彼の拘束を解いてあげなさい」
「問題はないのか?」
「ええ。彼は心に深い後悔を負ってる。彼女も」
リーはファウストとアリスは、自分達と同じであると結論づけた。