恋のキューピット派遣します
久々の投稿なので、初投稿ということでいいですか?
妙にシワの入った名刺を受け取ると、女は笑顔で「お任せ下さい」と胸をグーで叩いた。
「詐欺?」
「いえいえいえいえ」
女が必死に首を振る。そして咳払いをして話を続けた。
「我々はお客様と想い人を、全力で結び付けるプロ集団でございます。費用は頂きませんのでご安心を」
女が日に焼けて色のあせたリーフレットを差し出した。こういう所が胡散臭いのである。
「ふーん」
男が素っ気ない返事をした。その心中は隣のラーメン屋から香る匂いに惹かれていた。
「と、言ってもやはり皆さん初めは信用してくださいませんので、まずはその辺の二人を適当にくっつけてみせましょう」
女が意気揚々と拳銃を取り出した。女性が持つにはやや大きめのハンドガンだ。それを二丁取り出して両手に持った。
銃刀法違反よりも先に、本物かな? と笑いが浮かんだ辺りに、日々の平和が窺えた。
「誰にします?」と弾を込めながら女が聞いた。
壁にもたれながら携帯をいじる若い女と、待ち合わせだろうかポストの隣で煙草をふかす中年の男が見えた。サクラの気配がする。
「アレと」老婆が連れた小型犬を指差す。
「アレ」
信号待ちの車の窓から、厳つい入れ墨の腕を出した男を控えめに指差した。
「承知しました」
腕を広げ構えに入るまでに、何ら策略的な物は窺えなかった。
トリガーを引く手に躊躇いは無い。
発射されたピンク色の弾丸は、小型犬と入れ墨の腕に確実にヒットした。
何より男が驚いたのは、白昼堂々と銃器を発射したのにも関わらず、道行く人々の誰もが気にも止めていない事であった。
発射音は無く、着弾した体に異変も見られない。
ただ男の目には、確かに着弾した映像だけが残された。
「あ、これ! お待ち!」
強くリードを引かれ、老婆が声を上げた。
入れ墨の男が信号待ちの車から出てくる。
小型犬が老婆を振り切り、入れ墨の男へと駆け寄った。
入れ墨の男が両手を広げ小型犬を受け入れる。
もう言葉はいらない。ただそこに愛があった。
ね?
そう言わんばかりに女が見た。
男は信じるしかなかった。
信号が青になりクラクションを鳴らされても、小型犬と入れ墨の男は未だ抱き合っているのだ。実に衝撃的な映像だった。
「分かりました。信じます」
「それでは意中の想い人をどうぞ」
それは何度言ったか分からない事務的な発言。
「自宅近くのパン屋の店員さんです」
男は少し頬を赤らめてこたえた。
「では行きましょう」
「え、でも俺まだ仕事中なので」
「あー……」面倒そうな顔をする女。
カバンからS-kbと書かれた袋を取り出し、なかから銃弾を取り出した。そして先程のハンドガンに弾を込めて男に銃口を向けた。
「おわっ!」
強烈な音がしたが、痛みは無かった。
「な、何をした!?」
「何故か仕事をクビになる弾を撃ちました」
「はあ!?」
男が真摯な説明を欲する顔をしていると、男のスマホが鳴った。画面には『井川部長』と出ている。
「はい、小林です」
「お前クビなー」
ブツッと素っ気なく電話が切れた。
「これで仕事が無くなりましたね。おめでとうございます」
「おいおいおいおい!!」
「大丈夫ですよ。会社都合ですから」
ならいいか。一瞬曖昧な思考が男の頭を過った。
元々それほど好きでも無かった仕事だと、男は気持ちを切り替えた。
パン屋に向かって歩き出す二人の傍で、小型犬と入れ墨の男が未だ抱き合っていた。二人の仲を裂こうとするクラクションが、やたらうるさかった。
街路樹が自由に育つ道路から横道にそれた少し先に、目的のパン屋はあった。
道路からは程良い色に焼けたパンが並んで見える。
地元民に愛された、昔懐かしのパン屋の風情がそこにはあった。
「あの子です」
男がいった若い女性は、淡い青のエプロン姿でパンを並べていた。女が携帯を取り出して女性に向ける。
「なんですか?」
「気にしないで下さい。QRコードみたいな物です」
女性を写すと、一瞬で女性の個人情報が画面に浮かんだ。
「あー……」女の気まずそうな息が漏れた。
「あの人、彼氏居ますね」
「えっ!?」
男がふらつく。目が点となり、視線が定まらない。
「ほら」と、女が携帯を見せる。
画面には『二つ年上の男と同棲中』とあった。
「え?」信じられないといった顔の男。
「ほらほら」と、女は詳細データを見せた。
──2021.7.3
──2021.6.30
──2021.6.29
──2021.6.29
──2021.6.28
──2021.6.24
「これは?」
「へへ」
悪そうな笑みが出た。下世話な笑い声もだ。
「マジかよ」
男が項垂れて地面に手をついた。そしてショックのあまりそこに寝転んだ。
「熱い」
しかし、太陽の光で熱されたアスファルトに耐えられず、男はすぐに立ち上がった。
服を払い、そして少し上を向いて考えた。
「誰でも良いの?」
男は切り替えが早かった。
「構いませんが、土台となる『好き』の気持ちが無いと、あの銃弾は長続きしません。なのでまずはお互いを意識する所からスタートになります」
男は自宅に戻り、アイドルの写真集を飛び出した。
「この子でいこう」
「元男ですね」
携帯の画面に漢らしい本名が。
男は窓から写真集を投げ捨てた。
「じゃあこっち」と、グラビアアイドルを。
「かさ増しが見られますが」
窓から写真集を投げ捨てた。
そして男は腕を組んだ。
「逆に、オススメの人は居ますか?」
「相性で検索しますね」
女が携帯に何かを打ち込む。結果はすぐに出た。
「相性順に読みますね」
男はグッと拳を握った。
「インドのヘラサーハさん40歳。メキシコのロメナヤさん31歳。日本の立川ちはやさん25歳。グリーンランドの──」
「もういいもういい! そ、その日本の人にしよう! 何処に行けば会える!?」
男は選択の余地無しとばかりに催促をした。
「相性は!? 見た目は!? 性格は!?」
矢継ぎ早に質問を飛ばす男に、女はそっと携帯の画面を見せた。
「相性64%、黒髪ロングでおしとやか! これだ! この人にしよう!」
「あ、たまたま仕事でこの近くまで来ているようですね。行きましょう」
カフェのテラスで打ち合わせをしている立川を、男はじっくりと物陰から観察をした。
「うむ、見れば見るほどいい。で?」
「あそこに赤のスポーツカーが見えますか?」
女が指差した遙か向こうに、赤い高級車がチラリと見えた。
「あれに轢いてもらいましょう」
「は?」
「でもって立川ちはやさんが貴方を助ける。完璧なる出会いです」
「は?」
「では行きますね」
「は?」
女が黄色の弾丸を込めた。狙いを定め、スポーツカーの運転手の頭に銃弾をぶっ放した。
すると高級車が男の方へと全力で走り始めた。
「は?」
女は男の足に緑の弾丸をぶち込んだ。
「逃げれないようにしましたので、思い切り轢かれて下さい」
「は?」
男は轢かれた。それも思い切りだ。
グチャグチャになった男の傍へ、立川が駆け寄る。すぐに救急車が駆けつけ、男は病院へと運ばれた。
「あ、気が付きましたか?」
意識を取り戻した男の目に、立川の顔が映る。
「スミマセンスミマセン!!」
隣では高級車を運転していたと思われるオバチャンが泣きながら謝罪を繰り返していた。
「イテテテテ!!」
結ばれるためとはいえ、轢かれたダメージで肉体が悲鳴をあげている。
「先生呼んできますね!?」
「スミマセンスミマセン!!」
立川が病室から出て行った。
「おい、これでいいんだろ?」
病室の隅にいた女に声をかける。その表情は曇っている。
「あと三回は欲しいな。マンションから飛び降りと、家の火事と、熊に襲われるくらいは無いと厳しい」
「死ぬわ」
「スミマセンスミマセン!!」
オバチャンが何度も頭を下げて謝っている。
「……」
よく見ると、オバチャンはアジア系の外国人で、高い装飾品を沢山着けていた。
「もういいっすよ」
「ワタシ、ヘラサーハ言います! この不始末ハ、必ずや!」
「…………じゃあ」
男はギプスで固定された右腕を上げた。
「結婚してくれ」
三ヶ月後、二人はマイアミのリゾート街で式を挙げた。
「ワォ! ナンカレーのウエディングケーキ!」
「ハハ! これはいい!」
奇祭じみた式の片隅で、女は携帯の画面を見た。
「相性99.98%なんて初めて見たよ。おめでとう」
二人のために取り出したピンク色の弾丸を、そっとポケットへとしまい込んだ。
読んで頂きましてありがとうございました!
(*´д`*)