始めるから終わる物語
始めるから終わる物語 第9話
2005年9月9日 Papp
山の中は王宮のようになっていた。豪華な内装の通路は、レリーフで聖書の物語をスゥたちに語りかける。
真竜王の死と、神々、大地や海の誕生の物語。通路は真竜王の子孫たちが聖地より旅立ったところで終わっていた。そして、通路もそこで終わり、正面に玉座が現れた。
竜王が座っているハズのそこは、からっぽであった。
その時、スゥたちの前にヴリトラが出た。そして玉座に座る。
「ようこそ、竜殺し。私が竜王だ」
今更―――、と言える自己紹介を、ヴリトラはした。そう、ヴリトラこそが竜王である。
アウラもホークも驚かなかったが、スゥは驚きに口を開けていた。
「どうして・・・?」
今度はスゥがヴリトラに質問を投げた。
「どうして、人間を滅ぼそうとするの?!」
ヴリトラは、堪えきれない憎しみを秘めた凄絶な微笑みをして答えた。
「憎いからだ」
竜は人間である魔法使いが生み出した。人間は竜の親であるはずなのに、人間は竜を殺す。ヴリトラの母も、人間に殺された。ヴリトラは憎しみに狂って言った。
「憎くて憎くて、どうしようもないからだ!」
立ち上がったヴリトラが金色の竜にその姿を変えた。
金色の竜が、その口腔を開きレーザー光線のような閃光のブレスを発射する。
「スゥ!!!」
アウラの悲鳴。ホークの声。ムシュフシュの視線。
その中で、スゥは心臓を打ち抜かれて、地面に倒れた。
避けられなかったわけではない。ただ、ショックだったのだ。竜王が、あまりにも以前の自分と似ていた事に。それに気を取られてスゥは、とっさに動けなかった。
そして、スゥは、死んだ。
死んだスゥは奈落の底に落ちていった。
垂直の自然洞窟を、永遠に落ちていくかのように、スゥは地獄へ落ちていった。
…おかしいなぁ。
スゥは呟いた。
なぜならスゥに真っ白な羽が生えていたからからだ。洞窟の外、空に見える光が近く感じる。私はあそこに行くべきなのだと、本能が告げていた。
だって、私の命の重さは、ヴリトラが背負ってくれたのだから。
スゥは、不思議に思って、自分の手を引く者の姿を見た。
自分の手を引き、地獄へと連れて行こうとする者の姿を見た。
それは、アウラだった。
アウラは、泣きながらスゥに言った。
「ごめん、スゥ。私はこの為に生まれてきた。あなたを地獄に連れて行く為に、神々によって生み出され、あなたの元に来たの」
スゥは、驚き、アウラの手を振り払おうとして―――。
やめた。
「いいよ、行こう、地獄の底へ!」
そしてふたりは地獄の底に降り立った。
スゥはアウラの手を握って、地獄の底を目指した。
地獄の底では、直立したイナゴのような姿をした悪魔が、地獄の亡者どもを鍋に放り込んで煮詰めていた。
鍋からは人々の魂が苦悶する声が聞こえる。
鍋の中で凝縮、純化されていく憎しみ。憎しみが抽出され、反対に魂は清く輝き始める。でも、地獄の苦しみによって洗練され、純化した魂が憎しみに捕まり、天に飛び立てないでいるのだ。
スゥは、なんとかしたいという気持ちになった。みんな、必死で天に登ろうとしている。なんとかしなきゃ!
その時、アウラがスゥの前に出た。胸の前で両手を合わせ、祈るように言った。
「今。呼んで、私の真の名前を。
憎しみは断ち切れる。全ての人の魂は、天に登る事が出来るんだ!」
イナゴの悪魔が、手を止めてそれを見守った。祈るように。
スゥは観念した。
ああ…、この為に…。この為に私は生まれてきたのか。この瞬間の為に神様に、この力を与えられ、この人生を生きていきたのか。
では、どうすればいいのか。
スゥは目を静かに閉じた。そして思った。
ただ、見て、呼べばいいのだ!
そしてスゥは、ゆっくりと目を開けた。
両目に黄金の光が、たゆたう水のように、揺れていた。
背中に、青く光る羽が生えた。
そして、アウラを見て、アウラの本当の名前を言った。
「お前は、私。あの日、失った私自身。ただ、見て呼ぶ者なり。
その真の名は、スーザン・ブルー!」
スゥは、アウラを、自分の真の名で呼んだ。
すると、アウラの姿が変わっていった。赤毛の三つ編み、ソバカスだらけの顔、包帯は解けて青い瞳が真っ直ぐにスゥを見つめる。
スゥがスゥに戻ったアウラを抱きしめると、アウラが一本の刀に変化した。八本の枝を持った、光り輝く刀に。
「ソフィア…」
スゥは、それを持って捕われた魂に振り返った。
そして、ただ、見た。そして、憎しみと魂の境目に刀を通した。
すると、憎しみは憎しみに、魂は魂に区切られ、魂は憎しみから解放されて天に飛び立ったのだった。
イナゴの悪魔が、待ってましたとばかりに憎しみを凝縮し、固めて一本の鎌を創り上げた。スゥは、その鎌が魂を捕らえる憎しみに戻ってしまわないように、トレッドという名前を付けて鎌の形に閉じ込めた。
イナゴの悪魔、アバドンが語った。
「お前は憎しみに染まり、アウラがいなくても地獄に落ちてくるハズだった。でも、お前の清い魂が憎しみに染まったままでいられるハズがなかったのだ。だから神はアウラを魔剣にして遣わせた」
その時、上の方から光が射した。見上げると片翼の鷹がスゥに向かって舞い降りてくる。アバドンが溜息を吐いた。
「そして、死んだままでも居ない。命の剣が、その真の力を持って、お前を蘇らせる」
ホークがスゥのそばに降り立ち、言った。
「俺の真の名を呼べ、スゥ! お前は、生きてやるべきことが、まだ残っている。お前は、竜殺しなんだ」
スゥは、うなずき、ホークの、魔剣、羽の重さの命を、ただ見て呼んだ。
「ライビング・ビーイング!」(生きて在る!)
その言葉に、剣が持つ命の輝き全てが粒子となって、スゥの貫かれた心臓に集まった。
そして、スゥは目を覚ました。
金色の竜の前で、魔剣フェザーは光の粒子となってスゥの体を覆い守り、右手には八本の枝を持った刀、ソフィアを持ち、左手に真っ黒な鎌、トレッドを持っていた。
心臓を貫かれて起き上がるスゥに恐怖し、ヴリトラが光線のブレスを浴びせるが、スゥを覆う光の粒子がそれを弾く。
スゥは、ただ、見た。
そして、憎しみと魂の境目を見つけて、それにソフィアを入れた。
ヴリトラは、傷口からどす黒い血を噴出して断末魔の悲鳴を上げた。そして――――…。
竜王は、まるで悪夢から目を醒ました気分でそこにいた。
なんら変わったところはない。でも、心を支配していた憎しみは、手の届かない遠いところの存在となっている事を知った。
眼下には八枝の刀と真っ黒な鎌を持った、母に似た人が居て、竜王のあごの下を指差した。そこにはウロコが一個だけ逆さまについていた。
「その逆鱗に触れぬように、触れられぬように。でも、その逆鱗とともに生きるのだ」
竜王は、人間の姿に戻った。その姿の竜王を、スゥは我王と呼び、抱きしめ言った。
「お前も私も生まれ変わったのだ。そして、共に生きよう」
我王がうなずいた。スゥは刀と鎌を鞘に納めた。そしてマントをなびかせて歩き出す。それを、我王と、ムシュフシュ、マントには羽の生えたトカゲが、ついて行った。
その後、スゥたちは竜たちに逆鱗を造り、それを持った竜たちは英知に溢れ、神のような存在となって人と共存することとなった。
もう、地獄に居なくてもいい。地獄の底を見たならば、もう、後は天に向かうだけだ。もはや、それしか道はないのだから。
だから、さあ、始めよう。「誰にとっても正しい事」「誰にとってもそうであるもの」という2本の剣を持って。
「始めるから終わる物語」
完
2005年9月9日 Papp






