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バジリスク

始めるから終わる物語 第8話


 2005年9月9日 Papp




 空は地上の炎を映した赤黒い雲に覆われていた。

 怪我もろくに処置せぬまま西を目指す難民達。その流れに逆らってスゥたちが東を目指す。

 置き去られる動けぬ者たちや、足手まといで捨てられた女、子供。昼間なのに街道のそばまで近づいて弱った者を餌食にしていく魔物や野生動物。ここは地獄なのだろう。

 神を祈って天を仰げば、血に染まった雲の中に、蠢くドラゴンどもの姿が見える。

 誰かが言った。

「きっと、天空の神々も、ドラゴンに喰われてしまったんだ・・・」

 怯え震える声は、誰の心の中にもある声だった。

 スゥは、魔剣フェザーを振るって魔物を追い払うが、きりがない。スゥの手が届かないところにいる者が犠牲になるだけだった。

 泣き出すスゥをホークが叱咤する。

「竜王を倒さなければ、もっと被害が増えるぞ」

 スゥは、唇を噛んで泣きながら道を行くのだった。


 スゥたちは街道を歩き、城塞都市にたどり着いた。

 そびえ立つ堅牢な城壁を誇る都市は、まったくの無人で静かであった。

 開け放たれた城門をくぐり、中に入るとスゥは首を傾げた。

 道の真ん中、そこかしこに恐怖の表情を浮かべた石像が無数、立っていたからだ。

 まるで逃げ惑う人々が一瞬の内に石と化したかのよう。石畳の道を調べていたホークが真っ青になって立ち上がった。痛みに悲鳴をあげるほど、スゥとアウラの腕を掴んで城門を出る。説明を求めるスゥとアウラに、ホークは乱れた呼吸を静めるために、なんども深呼吸をした。そして説明しようとした時。

「バジリスクが居るんだよね?」

 子供の、年端もいかない男の子の声がかかった。

 スゥたちが振り返ると、魔道士風の黒い衣装を着た小さな男の子がそこに居た。赤子のように綺麗な肌をした男の子だった。

 バジリスク。その男の子の口から出た竜の名に、スゥたちが戦慄する。その魔物に見られても、その魔物を見ても、石にされてしまう最凶の魔物だ。

「見ても見られてもいけないなんて・・・、どうすればいいのよ・・・」

 スゥがうめく。

 この都市を通らずに竜王が居る聖地に行く事はできない。

 アウラが、その男の子に話し掛けようとして、聞いた。

「あなたの名前は? どうしてみんなと一緒に西に行かなかったの?」

 男の子は素直に答えた。

「僕はヴリトラ。西に行かないのは、竜殺しを直接見たかったから」

 スゥが自分自身を指差した。ヴリトラと名乗った男の子が首肯する。

「直接見てみてどう? 女の人なので驚いた?」

 ヴリトラは腕組みして首を傾げ、言った。

「うん。なんか、こう、もっと凶悪な人相をした大男かと思ってた。これじゃまるで母さんみたいだ」

「じゃあ、満足したでしょ? お母さんが心配しているわよ? 早く西にお行きなさい」

 そう言ったアウラにヴリトラが首を横に振って言った。

「殺されたよ」


 スゥたちは城砦から離れた場所に結界を張り、テントを設営する。

 ランプを灯し、テントの中で顔をつき合わせて、見ても見られても石にされる魔物をどうやって倒すかを相談していた。

 ふと、ヴリトラがスゥに聞いた。

「どうして竜を殺すの?」

 愚問と言える問いではないだろうか。でも、スゥは何度も自分自身に問い掛けた問題だったので、答えに困らなかった。でも、もう一度、噛み締めるように考え、答えた。

「以前はね、家族と恋人を殺されて憎かったから殺したの。今は、もう憎しみはなくなってしまった」

 憎しみを殺すのは、愛だった。愛する心だけが憎しみを殺した。愛すべき人を、町を、人々を手に入れて、スゥの憎しみは死んだ。

「じゃあ、どうして殺すの? 人間の為? 世界平和の為? 正義の為?」

 スゥは、首を振った。

「じゃあ、どうして?」

 全ての思い。全ての経験。全ての思索を経てスゥは答えた。

「私は、竜殺しなのよ」

 ヴリトラは呆れた。そして、怒りに拳を握り、憎しみの瞳を隠しもせずにスゥを見た。その視線を真っ直ぐに受け止めて、スゥはヴリトラを見つめ、言った。

「いいかい? ボウヤ。よくお聞き。竜は死ねない」

 ヴリトラは驚きの表情でスゥを見た。

「剣でまっぷたつにされようが、肉体をことごとく破壊されようが死ねないの。たとえ寿命で肉体が滅びようとも死ねないの。

 竜はね、生まれ変わる事によってしか、死ぬ事ができないのよ」

 竜は、新たに生まれ、新しい名で呼ばれなくては、死ねないのだ。それが神の素であった者の宿命なのだ。

 死ねない者が究極的に、なにを望むのか。それは、ないものを強請る(ねだる)のだ。死ねない永劫に活動する体に、いったいなにを溜め込むのか。どんな祈りと願いを蓄積させるのか。

 竜は、生きたいのだ。生きるために、死にたいのだ。

 私は、きっと、名を呼ぶために、生まれてきた。

 私は、きっと、名を呼ぶために、この力を与えられた。

 私は、ただ、見て、呼べばいいのだ。

 スゥの膝にムシュフシュが乗ってきた。まるでお礼を言うかのように鼻を鳴らした。

 スゥのマントの中から、翼を生やした緑色のトカゲが這い出してきた。知性を持った目でスゥを見て、爬虫類らしからぬ愛嬌でスゥに頬を寄せる。

 ホークが微笑んだ。アウラが笑った。

 アウラが立ち上がり、スゥの肩に手を置いて、言った。

「バジリスクは、私にやらせて。きっと、これは私が乗り越えなくてはいけない壁だから」


 その日の夜――――。

 眠るスゥのそばにアウラが立った。

 スゥに手をかざし、スゥの事を、

「アウラ・ハウリング」

 と、呼んだ。

 すると、スゥの体が変化した。

 一本の両刃の剣に変化したのだ。

 アウラがそれを握ると、テントの中に冷気が満ちる。

 テントの外に出て振るうと、空気が凍てつき、空気中の水分が凍ってダイヤモンドのようにキラキラと輝いた。剣の起こした風が地面に霜を作る。アウラに呼ばれる事によって、スゥがアイス・ブランドとでも呼ぶべき魔剣に変化したのだ。

 魔剣を使う者は、魔剣に使われる事になる。

 アウラは城門前に立ち、アイス・ブランドを無造作に城門の中に投げ込んだ。

 石畳に突き刺さるアイス・ブランド。それを中心にして、城塞都市が瞬時に凍りついた!

 音すら凍りついた、その都市。そこにアウラの指を弾く音が響く。

 それの振動で、凍りついた都市が砕け散り、霧散する! バジリスクは、城砦都市とともに、霧となりこの世から消えたのだった。


 次の日の朝。

 スゥが目覚めると、城砦都市の姿はなく、すり鉢状の砂漠が広がっているだけだった。砂漠の先に、天を突き刺すように険しい山の姿が見える。麓には、その山の体内に入る洞窟が口を開けていた。

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