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私は生きる

始めるから終わる物語 第4話


                         2005年6月8~14日 Papp


 スゥたちは都市を離れ、森の中。

 森林レンジャーたちが使う丸太小屋。その中で、焼きしめたパンと干し肉をかじって、夕食を取っていた。

 時刻は夕暮れ。

 外には、姿は見えないが、獣とモンスターたちの声で満ちている。嫌な賑やかさである。

 戸を硬く閉め、朝を待つ。誰が戸を叩いても開けてはいけない。記憶の中の大切な人の姿で、魔物が入ってこようとするから。

 丸太小屋は、1階と2階が吹き抜けとなっていて、1階がリビング。2階が寝室となっていた。

 粗末なベッドがある以外、家具があるわけじゃなく、スゥは束ねた薪に、アウラはムシュフシュを抱いて床に座っていた。

 スゥは、ふと気がついて、燃え立つような赤毛のソバージュを払い、背中に背負った大剣「フェザー」を、鞘から抜いた。

 剣の師、ホークより受け継いだ魔剣「羽の重さの命」

 鉛色の刃。傷ひとつない刀身。鈍く光を放つ魔法。香り立つようなオーラを持った、大人の身長よりも大きな剣だった。

「ライブ・ゼロ」

 スゥが魔剣の、裏の名前を呼んだ。

 するとフェザーが、片翼の鷹の姿に変身したのだった。

「教えて、フェザー。

 どうして、お前の所有者は、私なの?」

 片翼の鷹が、鋭く鳴いた。そして聞きなれた声で、スゥに言った。

「魔法を使うなと言っただろう」

 その声にスゥは驚き、まるで電撃に打たれたかのように身を震わせた。

「ホーク…?」

 震える声で、スゥは呼んだ。

「いや、俺は…」

 否定しようとする片翼の鷹。その声を遮ってスゥは叫んだ。

「いいえっ! あなたはホーク。ホークだわ!」

 スゥの瞳が黄金に輝き、ありったけの魔力で叫んだ。噴火する火山さえ、変えてしまう強大な魔力で。

 アウラは、呟いた。

「スゥは、世界を捻じ曲げて行く」

 もう、ブルーフェアリーではない。では、スゥは今、何者なのか? 今はまだ、分からない。

「フェザーはホークではないのか。

 いいえ、あながち嘘じゃないわ。

 彼は魔剣に魅入られ、取り込まれていたのだから」

 アウラは続けた。

 魔剣を使う者は、魔剣に使われる事になる。そして同化していく。

 そもそも魔剣とは、魔法使いを支える杖だった。戦いの為に杖を剣に変化させたのだ。

 魔剣という杖に頼る内に、杖なしでは歩けなくなる。そしてやがて魔法使いは衰弱して死に、杖だけがひとりで歩き始める。

 魔剣フェザーを作り出した魔法使いは、人の命の重さなど、まったくない。ゼロだと思い込んだ魔法使いだった。その思いを込めて剣を作り、彼は振るった。

 そして驚いた。剣を振るう者にとっては、剣の重さがゼロなのに、剣による攻撃を受ける者にとっては、重さが無限大だったのだ。

 無限大の重量の剣を、羽のように振るう魔法使いは、有頂天になって、敵を殺しつづけた。敵がいなくなると、敵を作って殺した。

 でも、魔法使いにも、自分の番がやってくる。悪の魔法使いとして、ひとりの勇者に殺されたのだ。

 敵を殺すのが正義。つまり自分が正義と信じた魔法使いは驚愕した。なにより、死んで、命の重さを知ったのだ。

 その命をフェザーに取り込まれた魔法使いは以後、命の重さを知る者を好むようになった。

 こうして魔剣フェザーは、幾人の人の手を渡り、その命を取り込んで、今、スゥに受け継がれたのだ。

 魔剣は、スゥが好きだった。羽のように軽く扱われた命の為に泣いてくれたスゥが、大好きだった。


 スゥに名を呼ばれ、片翼の鷹は、その姿を変えた。

 鍛え抜かれた体を持った。鷹のように鋭い目をした男に。

「ホーク!」

 スゥは泣きながら男の名を呼び、その胸に飛び込んで泣いた。

 無精髭の中年男は、困った顔でアウラを見た。アウラは言った。

「ムダよ。もう、あなたにとって、スゥは実の親であり、神なのだから」

 真の名を呼ばれるその日まで。

 アウラの胸に抱かれたムシュフシュも、アウラに同意してクゥンと鳴いた。

「スゥは、世界を捻じ曲げて行く。

 いつか、そのツケを払う日が来るわ」

 アウラは、なんの感慨も持たずに、そう言った。


 森に夜がやって来た。

 泣き疲れてホークの胸で眠るスゥ。スゥの呼吸が掛かる所に眠るムシュフシュ。眠らないアウラが、寝室を離れてリビングに降りた。

 窓の分厚いカーテンを少し開けて、鎧戸の隙間から外を見る。

 外にあるのは、人ならざる者どもの姿。

 空を飛ぶのはコウモリのような妖魔インプ。道を歩くのは、歩き出した死人ゾンビや、ゴブリンやオーガたち、鬼ども。月明かりすら届かない森に輝く人魂ウィスプの群れ。

 この森が特別なわけではない。妖精や神霊の棲まない森の夜とは、このようなものだ。

 ひっきりなしに、幽鬼グールどもが戸を叩く。汚くわめき、時に哀れに懇願する。

 耳を貸してはいけない。たとえ愛する者の声で呼ばれても。

 食屍鬼である奴らは生きた人間は食わない。では、どうするのか? 生きた人間は、殺して屍にして食うのだ。

 ふと――――。

 グールどもが、道の方を振り返った。

 そして恐怖の顔で、逃げ出していく。

 小鬼ゴブリンも、大きな体で怪力を持つオーガも。空を飛ぶインプたちも逃げ去った。

 森に静寂が戻った。

 物音ひとつしない森は、かえって不気味だった。

 そして、道の向こうから、それはやって来た。

 馬の蹄の音。

 暗闇に浮かぶ姿は、首の断ち切られた馬に乗った、首のない騎士だった。

 立派な甲冑は血まみれで、なにかを求めて―――。おそらくは、自分の首を求めて、さ迷っている。

 戦争の絶えないこの世界で珍しいものではない。きっと名のある騎士だったのだろう。それで首を切り取られた。討ち取った証として。

 魔力に満ちた世界は、死体に残った怨念に力を与えて動かす。

 騎士が丸太小屋を通り過ぎる時、小屋の外壁に刻まれた聖書の文字が、焼ききれるかのように、煙を上げてくすぶる。

 その音に、騎士デュラハンが振り返った。

 アウラは、息を飲んだ。

 カーテンを閉じて、息を止める。

 デュラハンが、窓の近くまで来た。そして無い首で覗き込もうとする。その時。

 道の向こうで足音がした。

 デュラハンが振り返る。

 そこに逃げ遅れたオーガがいた。

 逃げ出したオーガ。それを追って疾走する首のない馬、それを操る首のない騎士。

 あっという間に追いつき、追い越しながら、デュラハンが剣を抜き、オーガの首を切り飛ばした。

 一撃だった。

 2メートルを超える大きな体。盛り上がった筋肉を持ったオーガが、一撃のもとに葬り去られる。

 デュラハンは馬を降り、オーガの首を拾い上げた。

 自分の肩に乗せ、確かめるが、自分の首ではない事が分かると、投げ捨ててしまう。

 そして、馬に乗り、道の向こうに去っていったのだった。

 窓からそれを見送って、アウラは呟く。

「スゥが行く先と同じね」

 スゥは、飛び去ったドラゴンを追っている。その方向と同じだった。


 そして夜が明けた。

 ウキウキとした足取りで先頭を行くスゥ。

 スゥの上機嫌に共感し、浮かれてはしゃぐムシュフシュが、スゥの足元で跳ねる。ホークとアウラが、やや遅れてそれに続く。

 マントを着た普段着姿の中年男ホークは、胸に下げたアミュレットを持って、となりにいる少女に愚痴た。

「まるで首輪に鎖を繋がれた気分だ」

 アウラは、なんの躊躇もなく、いっさいの間を置かず、言い放った。

「似合っているわ」

 かつての剣の師匠としては、立つ瀬がない。ホークは肩を落とした。

「なぁ、アウラ。俺は…。ホークは、生きているのか?」

 まるで独り言のようなホークの声に、アウラは即答した。

「私は、生きるとはなにかを知らない」

 命の魔剣の言葉とは思えない問い。それに答えるアウラの言葉は、ある意味、明瞭だった。

「それに、生きている。もしくは死んでいるのが真実だとして、それが、あなたの気持ちと、どんな関係があるの?」

 この言葉は、ホークに対する返答でありながら、まるでアウラが自分自身を納得させる為に、言われた言葉のようであった。


 森を抜けると、牧草地の広がる丘陵地に出た。

 丘の上には小さな集落が見える。一行はそこを目指した。

 両脇に牧草地の柵がはさみ、道は集落を目指す。

 牧草地には羊が群れて、草を食んでいる。

 羊飼いの少年が牧羊犬を操り、羊を新鮮な草のある方に誘導する。

 ふと、少年のそば、年老いた牧羊犬の一匹に世話されている小さな女の子がこちらを見た。

 見つけたそばから、興味を示し、走りよってくる。

 柵のすぐそこで、女の子はスカートの裾を摘み上げ、腰をおとし会釈をする。そして舌足らずな言葉で言った。

「こんにちは。旅の方ですか? ヒース村へようこそ。

 私は村の子供で、シャムと申します」

 好奇心に輝く大きな瞳。紅色のほっぺと小さな体。のっそりと追いついてきた老犬が後ろにつく。

「こんにちは。かわいい子。そう、私達は旅の者です。村の長に、お目通り願えますか?」

 スゥが挨拶をして、シャムの案内で村へ。そこでは、ちょっとした騒動が起こっていた。

 村を守る高い木の柵。その一部が壊れていたのだ。

 壊れた柵を囲み、村人たちが困った顔でなにごとか相談している。その近くには、興奮した牛をなだめる飼い主らしい村人の姿も見えた。

「どうしたのですか?」

 シャムが尋ねると、村人たちが、壊れた柵を指差して言った。

「どうしたもこうしたも、村を守る柵が壊れてしまったんだよ」

 柵は、すぐにでも復旧できる。でも柵と共に壊れた魔物どもを寄せ付けない魔法の結界だけは、そうはいかなかった。

「今、この村の魔法使いは、都市に魔法の材料を買いに出かけているのだ。数日は帰ってこない」

 スゥは瞳に黄金を映して柵を見た。魔法文字で書かれた聖書の黙示録の一文が、途中で途切れていた。柵を直し、それに書き足せばいい。スゥにとっては簡単である。

「そしたら、わた…」

 安請負を言いかけたスゥの口を、ホークが押さえた。「魔法を使うな」

「村の柵が破られても、家にも結界が張ってある。今夜は、絶対に、家の外には出るな」

 ホークの言葉に村人が頷く。そして驚き、スゥたちを連れたシャムに聞く。

「シャム。この人たちは?」

 奇妙な一行に見えただろう。

 スゥは胸鎧を着た、大きな空の鞘を背負った丸腰の剣士。同じく丸腰の、胸にアミュレットをつけた中年男。白いワンピを着た、両目に包帯を巻いた少女と、普通の仔犬。

 大きな荷物を持っていることから旅人に見えるが、この魔物の溢れる世界で、あまりにも無用心ではないだろうか。

「剣はどうされた? 女剣士どの」

 長老が出てきて挨拶し、その後で、そう言われた。

 スゥは、返答に困って。

「あるけど、持っていないの」

 と、なぞなぞみたいな答えを言った。


 スゥたちは、歓迎され、ちょっとした宴の席が設けられた。

 村の外に出る事無く一生を終える者がほとんどのこの村で、客人の話は、ちょっとした楽しみだった。

 そして、来客を村人で取り囲んで夜を明かすのには、防衛の意味もある。得体の知れないよそ者を、夜通し監視できるからだ。

 楽しいはずの宴。

 でも、その夜は、それどころではなかった。

 破れた結界から村に入り込んだ幽鬼どもが、家の戸を叩くからだ。また、死者が蘇り、恐ろしい声で生きる者を死者の国に誘う。

 耳を塞ぎたくなるような恐怖。村人たちは固まって、耳を押さえて震えた。

 その時、子供の悲鳴が聞こえた。

 恐怖に悲鳴を上げ、泣きながら逃げる足音も。

「なあ、あの声、シャムじゃないか?」

 村人のひとりが言った。

「シャムの両親は、魔法使いで、今、都市に魔法の材料の買出しに行ってるよな?」

 スゥは、血相を変え、膝立ちになった。

「この状況で、子供を、ひとりにしたの!?」

 村人たちは、顔を見合わせ、お前がお前がと、責任を擦り付け合う。

 スゥは、ホークに手を伸ばした。掴み、引き抜くと、ホークの姿は消え、代わりに一本の大きな剣が現れる。それがスゥの手で、まるで羽のごとく軽々と振るわれた。

 スゥは家の入り口を乱暴に引き開けた。目の前には、青白い肌をした裸身の、痩せこけた老人のような姿の幽鬼、グールが2体いる。鋭い爪と牙が鈍く光っている。

 グールは、食屍鬼と呼ばれる鬼だ。浅ましくも生きた人間を死体にしてまで、その尽きない食欲を満たしたいらしい。

 しわくちゃの醜い顔に、牙の生えた口を大きく開けて喜ぶグール。

 その首が、フェザーの一薙ぎで、体と別れて宙に飛んだ。

 牧草地を望む丘の上。板張りの質素な家が、閑散と並ぶ村。中心にある井戸を囲む広場に、小鬼ゴブリンが5体と、巨躯を誇る人食い鬼オーガが1体いて、スゥと目が合った。

 スゥは、慌てて戸を閉めたので、飛び出してくるムシュフシュが、戸に激突して音を立て、キャン! と悲鳴を上げて静かになる。

 スゥは、外に残った。

 振り返る背後、覆い被さるようにそびえ立つ巨躯、オーガが手に持った棍棒を振るう。

 身をかわすスゥの脇を通って、棍棒は家の脇に積み上げられてあった薪を、再利用不可能なくらいに、粉々に粉砕する。

 巻き上がる土煙と粉々に飛び散った薪の向こうで、オーガが、乱杭歯を見せて笑う。よだれがダラダラと流れる口から吐き出される腐臭のような匂いに、スゥはクラクラする。

 オーガに振り返るスゥ。その背中に向かって小鬼ゴブリンが飛び掛って来た。オーガが振り上げる棍棒から目を離す事ができないスゥ。そこにゴブリンが持った、錆びついたショートソードとオーガの棍棒が振り下ろされた。

 攻撃が当る刹那!

 スゥが、フェザーを振るう。途端、そこから消えた。

 月夜を見上げるオーガとゴブリンたち。

 そう、スゥは、飛んでいた。

 まるで片翼の鷹が空を飛ぶように。

 月を背に、空中から襲い掛かり、翻る大剣。一薙ぎでゴブリン5体とオーガ1体の首が飛んだ。

 汗すらかいていないスゥが、首にかかるソバージュを払って、背中の鞘にフェザーを納める。羽ホウキを振るうようなものなのだ。疲れるはずがない。

 そこに、シャムの悲鳴が聞こえた。

 悲鳴の先を追って走るスゥ。

「お願い! 間に合って!」

 井戸端を横切って村の入り口を目指す。そこには、シャムを連れ去ろうとするグールと、そのグールからエモノを横取りしようとするグールの集団が追いかけ、村の結界を越えようとしているところだった。

「まてーっ!」

 叫び、追おうとするスゥ。その足が凍りついた。

 10体は超えていただろうグールどもの首が、一斉に空に向けて飛んだのだ。

 夜空には血に染まったかのように赤い満月。

 その夜空に黒々とした丸いシルエットの頭が、いくつも弧を描いて飛び、地面に落ちる。

 土嚢を放り出したかのような、独特の鈍い音。重たい肉の音だ。

 10数個の首が転がる道を、そいつはやって来た。

 首のない馬に乗った、首のない血まみれの騎士デュラハン。

 死を超えて動く呪いが、空気を凍りつかせる。暗い夜を黒い呪いのオーラが、更に真っ黒に世界を塗り替えて行く。

 スゥは、用心深くフェザーを構えた。

 しかし、デュラハンは、スゥに構わず、刈り取った首を、ひとつひとつ取り上げて、自分の肩に乗せている。

 グールの死体から這い出したシャムが、泣きながらスゥに駆け寄る。

 スゥは、シュムを抱き上げ、自分の背中に隠した。

 首を検分し終わったデュラハンが騎乗する。

 スゥは息を飲んだ。

 このまま立ち去ってくれれば―――っ。

 スゥは、ありえない希望を切に祈った。

 でも、それは、やはり、ありえなかった。

 デュラハンが、剣を抜き、馬を走らせる。スゥに向かって!

 ガドッ! ガドッ! ガドッ!

 馬が地を蹴る。

 超重量級の馬が起す振動は、まるで地震のようだった。

 軍馬の突撃を真正面で受ける気はない。

 シャムを抱いて、フェザーを振るい、空を飛んだ。

 とはいえ、片翼の鷹は高くは飛べない。

 すぐにきりもみし、地面に落ちる。

 井戸の近く。

 集会所の入り口が開き、アウラがスゥを呼ぶ。

「早く」

 背後に馬の蹄の音がした。

 シャムを抱いて走り、間に合わない事を知るスゥは、シャムだけを、村人がハラハラと見守る集会所に投げ込んだ。

 スゥと同じく外に出たアウラが、すばやく戸を閉め、横にどける。

 ドガッ!

 シャムを投げ、バランスを崩したスゥが、馬の突進をまともに受ける。

 蹄に踏まれた右足が砕ける。

 突進に引きずられ、集会所の結界と馬との間に挟まれたスゥの体。そのアバラがベキベキと音を立てる。

 馬が退くと、そこにスゥが崩れ落ちるように倒れた。

 足は千切れていないのが不思議なくらい無残な姿である。

 砕け散らなかった体。幸か不幸か、失わなかった意識。激痛に焦点の合わない目が、スゥを覗き込むアウラを見る。

「ねぇ…、アウラ。死んだら、みんなに…。ハンスとホークに会えるかな…?」

 苦しげな言葉、呼吸とともに血が吐き出される。アバラの何本かが、肺に突き刺さっていた。

「会えたとしても、スゥは嫌われる」

 アウラの不思議な言葉に、スゥが首を持ち上げて、視線で問う。

「ホークは、どうしてスゥに剣を教えたの?

 ハンスは、どうして命がけでスゥを助けたの?」

 スゥには、分からなかった。アウラは、言った。

「それは、スゥに生きて欲しかったからよ。

 スゥに幸せになって欲しかったからよ。そんな事も分からないの?

 生きる者は、死んだ者たちの、生きた証。そして、希望なのよ?!」

 デュラハンが馬から降りた。幽鬼や鬼どもが、スゥの首から下を、おこぼれにあずかろうと、デュラハンを恐れながらも、遠巻きに周りを囲む。

 スゥは、痛みからではなく、涙をこぼした。アウラに、泣いて言った。

「生きたい…。ホークやハンスの分まで…」

 デュラハンが、スゥの首を切り取ろうと近付いて来る。

 アウラは、言った。

「私の名前を呼んで、スゥ。

 今は、真の名前でなくてもいいから。早く!」

 スゥは、うなずいた。そして、叫んだ!

「天の悲鳴。アウル!!!」

 すると、アウラの姿は消え、スゥの左手に本と、右手に魔剣アウルが現れた。

 キィイイイイアアアアアア!!!

 魔剣に切り裂かれた夜が、身の毛もよだつ悲鳴を上げる。

 それを聞いたグールやゴブリン、オーガどもが、恐怖のあまり、我先に逃げ出す。

 デュラハンすら警戒して、慎重に剣を構えた。

 命なき者が、なにを恐れるというのだろう。

 アウルの出現に、命を超えたなにか大切なものが脅かされる。

 スゥは、手に持った本を開き、その1節を読み上げた。すると、回復魔法が発動し、スゥの負傷が完璧に回復する。フェザーがホークの声で「仕方ないな」と溜息を吐く。

 剣を構え、にじり寄ってくるデュラハン。

 スゥは、アウルの切っ先を向けて威嚇し、忠告する。

「引きなさい、勇敢なる騎士よ。

 命を超えた大切なものの為に!」

 しかし騎士は聖騎士のごとく、胸に、十字架のように剣を構え、誇りを示し、スゥに突進する。

 人食い鬼すらも一撃のもとに葬り去る斬撃が、スゥに振り下ろされる!

 バキィン!

 それをスゥは、果物ナイフのような大きさの、アウルで受けた。

 アウルに触れた騎士の剣。

 それが、悲鳴を上げながら、自分からズタズタに切り裂かれていく。それを持った騎士までも!

 騎士デュラハン。その呪い。怨念。その魂までも、ズタズタに切り裂かれ、夜の闇に消えたのだった。

 たとえ肉体が滅んだとしても、消えてはいけない心の塊。魂までもが切り裂かれるさまに、スゥは神に深い懺悔をした。殺人よりも忌むべき行為ではないだろうか。そう思ったのだ。


 襲撃者の消滅に、村が歓声に包まれた。

 それで力が抜けて、クタクタと座り込むスゥ。その体を、現れたアウラとホークが支えた。気絶から復活したムシュフシュも駆け寄って、心配そうにスゥに鼻を寄せ、キュウンと鳴いた。

 スゥは、みんなに笑いかける。私は、生きる。その決意を持った、前を向いた笑顔で。

 そして、夜が明けた。


 村の残るよう引き止める村人たちの誘いを断って、スゥたちは旅立った。

 竜が飛び去った方向。東へ。

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