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奴隷になる

始めるから終わる物語 第2話


                             2005年6月1日 Papp


 ローマコンクリートの街道は、一面に花が咲く野原を通っていた。

 美しさに喜び、ムシュフシュと一緒にはしゃぎ、転げまわるスゥ。

 そよぐ風。晴れた空。眠たくなるような、花の甘い匂い。

 胸に眠るムシュフシュを乗せ、花の中で寝転がるスゥ。

 ふと―――。

 本の中から、魔剣「ハウル」を取り出し、陽光に翳してみる。

 水晶のように青く透明な刃に、太陽が透けて見える。

 ハウルを通り抜けた日の光は、七つに切り裂かれ、スゥの顔に虹の七色を映し出す。

「なぜだろう…?」

 魔剣、天が怯える咆哮。これの真の名前が「ハウル」。スゥの魔法の目には、確かにそう見えたハズだ。

 なのに、その名前の裏に、天の悲鳴「アウル」という名前が見えたのだ。

「おかしいよ……」

 不思議に、スゥが呟く。

 そう、裏も表もない球のようであるからこそ「真の名前」なのだ。

 こんな事は、いままで一度もなかった。

「ハウルもアウルも、この剣の真の名前じゃないのかな?」

 そう言って、瞳に黄金を宿し、よく見てみるが、やはり、ハウルとアウルの名前しか見えない。


「それは、憎しみで目が曇ったからよ。

 もう、あなたは真の名前を見る事は出来ない。

 自分の見たいようにしか、世界を見る事が出来ない。

 憎しみで世界を捻じ曲げていくあなたは、もう、ブルーフェアリーではない」


 突然、投げられた声に、スゥは驚き、急いで立ち上がった。ムシュフシュが、起伏の少ないスゥの胸から転げ落ち、目を回す。

 スゥは、あたりを見回すが、誰もいなかった。

 あの、涼しげに鈴が鳴るような、感情の感じられない声。ポツリと呟くように投げられたあれは、いったいどこから聞こえてきたのか。

「気のせいかなぁ…?」

 スゥは、再び、花に背中を投げ出した。

 柔らかな日の光。緩やかな風。花の甘すぎる香りが、スゥの神経を麻酔する。

 スゥは、眠りについた。


 ワンワンワンワンッ!

 眠りの暗闇で、ムシュフシュが鳴いている声を聞いた。

 敵を威嚇する激しい声。

「ウルセェぞ! この犬っ」

 と、汚い言葉が聞こえ、キャン! と悲鳴をあげて、ムシュフシュが静かになった。

 スゥは飛び起きようと思った。でも体が、まるっきり動かない。頭の芯がジンジンとシビれている。

 動かないスゥのそばに、数人の男達が集まった。

「少年みたいな女のガキだな。貧相だ」

 まあ、なんて失礼な!

 スゥが、心の中で叫ぶ。

「こうゆうのが趣味の客もいるだろう。連れて行け」

 ちょっちょっ、ちょっと待ってよっっ。

「おい。こいつ、魔法使いだぜ」

「魔法を封じる封環を腕にはめろ」

「魔法使いか。こいつは意外と儲かるかもな」

 やめてーっ!

 スゥが、心の中で叫ぶ。

 スゥは、男達に運ばれて行った。


 馬のひづめが鳴らす音。木の床に馬車の車輪が土を削る振動。すすり泣く女達の声に、スゥは目を覚ます。

 まだ体がだるく、頭も痛い。

 痛む頭を押さえながら立ち上がると、そこはオリの中。

 見上げると格子状の天井に太陽が見える。

 正午過ぎの熱く乾いた空気に、そして緊張にツバを飲み込む。

 馬車の荷台はオリになっていた。中にはスゥと、みすぼらしいなりの少女達が入って―――…、いいえ。入れられている。

 馬車は都市の城壁を通り、街中へ。

 格子を両手で握り、外を見る。

 人通りの多い、市場のメインストリートは人で、ごった返している。

 買い物カゴを持って買い物をする太った主婦。それに野菜を売るオジサン。

「助けてっ。ここから出して下さい!」

 スゥは叫ぶが、それに振り返る者すらいない。こんなに人が居るのに!

「ムダよ。奴隷は重要な労働力。ここでは弱者を奴隷扱いするのが正義」

 泣き叫ぶスゥに、あの涼しげに鈴が鳴るような、感情の感じられない声が、ポツリと呟くように投げられた。

 振り返ると、そこには両目に包帯をした少女が座っていた。

 水晶のように輝き、透き通る青い髪は、真っ直ぐで長い。雪のように白いシミひとつない肌、華奢な体。白い無地のワンピースを着ている。年齢はスゥと同じくらいだろうか。

 膝には傷ついてグッタリしたムシュフシュを乗せている。

 その少女は、まるでスゥが見えているかのように、真っ直ぐスゥの方を向いて、言った。

「あなたは眠っている間に、奴隷商人に拾われた。つまり、あなたは、もう、奴隷なのよ」

 スゥは、小さく短く恐怖の悲鳴を上げた。

 眠るだけで、奴隷にされたのだ。おまけに、手首にはめられた鉄の輪が、魔法を封じる。自力での脱走など不可能である。

「あ…、あなたは?」

 スゥの質問に少女は、やはり、涼しげに鈴が鳴るような、感情の感じられない声で、ポツリと呟くように答えた。

「アウラ・ハウリング」

「わ、私は、スーザン・ブリュエ。あなたは、どうしてここに居るの? 私達、どうなるの?」

 スゥは、アウラに不安をぶつけた。アウラは、ただ黙って、首を左右に振った。

「あなたこそ、どこからきたの?」

 アウラの問いかけに、スゥは首をかしげた。

「そういえば、私、どこから来たんだろう? どこで生まれ、どのように育ったんだろう?」

 スゥは、「ドラゴンを殺す」という目的以外、あの時起こった事、全てを忘れていた。

「人は、耐え切れない程、辛い経験をすると、その事実に耐える力を身につけるまで、防衛本能として、記憶を失うわ。あなたは、よっぽど、辛い目に会ったのね」

 アウラは、その言葉を、なんの感慨も感じさせずに言った。アウラの膝に乗ったムシュフシュが、申し訳なさそうにクゥンと鳴いた。スゥは笑った。

「な~に、言ってんのよ? 私は、ただ普通の、ちょっと魔法が使えるだけの町娘よ? そんなドラマチックな経験するはずないじゃない? 奴隷商人に捕まった今が、人生最悪の事態よっ」

 ただの町娘が、ドラゴンを倒しに旅に出るだろうか。

 アウラは、ただ黙って、膝の上の仔犬を撫でた。

 スゥは座って、荷物を確認した。旅の衣装。少年に見せかけるズボンと上着。羽織っていたローブはもうない。大きな荷物も見当たらなかった。なにより―――…。

「本とハウルがない…」

 その声にアウラが、まるで自分の名を呼ばれたかのように、顔を上げた。

 コンクリートで地面を塗り固めた都市は、太陽が狂ったように熱く、空気がカラカラに乾いていた。

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