表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
濡羽色の鴉  作者: スウ
3/25

3.鍛冶屋の招待状


 『アニミの宿屋』を後にし、広場のベンチに腰掛けた私は、感動で胸をいっぱいにしていた。時折鼻をすするのは、込み上げてくるものがあるからである。

 ゴシゴシと頬を流れる一筋の線を拭い、顔を上げた。

 視線の先にあるのは、通行人……の頭に生えた猫耳である。

 再び涙を溢れさせた私は、無様な有様を人に見られないよう下を向く。

 

 猫耳だぁぁ……すごいすごぃ!

 私、これを見るために生きてたんだわ。

 ずず、と鼻をすする。

 周りのベンチにも自分と同じように顔を腫らしたプレイヤーがちらほら見受けられた。皆一様に、通行人を見ては涙を流している。

 

 記念に一枚撮っておこう。

 腰ベルトに括りつけられた麻袋を漁る。プレイヤー初期から装備している物の一つとして、旅先で手に入れたアイテムを大小関係なく仕舞うことができるものがある。

 それが、今私が漁っている麻袋だ。

 一般にアイテムボックス、アイテムストレージと呼称され、プレイヤーのレベルが一定数上がるごとに収納可能な容量が拡張されていく夢のような道具袋である。

 初期容量は十まで。そのうちの七つは『ログインボーナス』と『祝! サービス開始』で配られたアイテムで埋まっている。


 ガサゴソ漁り、ふと手を止める。

 無料ガチャ券を発見した。ガチャからは見た目だけで性能が皆無な装備を手に入れることができる。つまりは、ファッションの為にあるガチャである。

 課金しないと回せないので、無課金を貫く民にとってはいらない仕様の一つであるが、私は欲しいもののためならドンドン課金するタイプである。

 近いうちにお金をチャージしてお財布の中身がすっからかんになる予定なのは秘密だ。


 物は試しにと、無料ガチャ券を破る。すると目の前に昔風なガラポンが現れた。取っ手を握ると指定の方向に回せという矢印が現れる。

 できればかっこうよいものが欲しいところ。頼む、運の力よ仕事をしてくれ。

 コロリと金色の球が転がり落ちた。途端、ガラポンが薄紅色の煙に変わり、手にずっしりとしたものが乗ったように感じた。


「お?」


 煙が晴れると、手には漆黒の生地が乗っていた。

 広げてみれば、どうやら外套らしい。内側部分には宇宙のような煌めきが内包されていた。

 個人的には大当たりである。

 その場で小躍りしたくなる気持ちをグッと堪え、試着してみる。鏡がないから自分の姿を確認できないが、きっと似合っていると思う。ちらちらと人の視線を感じるのは自意識過剰だからではないはずだ。


 噴水の飛沫が頬に当たり、カメラを取り出そうとしていたことを思い出した。

危うく忘れるところだった。

 ログイン当初に配られた小型カメラ――レコード――を引っ張り出す。

 見た目はクリーム色の丸い玉。使い方が分からないのでとりあえず人差し指でつついてみる。

 すると、指先は空気に弾かれ、玉の内側からいくつかのアイコンが投影された。

 右からライブ配信、写真撮影、通話等々。

 噂通り様々な機能を搭載したカメラで、今回使用する機能は写真撮影である。

 その項目をタップすると、手から離れ、目線の高さで玉が変形し、カメラになった。


「おぉー」


 変身後は重力に従い落ちてきたため、慌てて受け止める。電源を入れると、軌道の文字が浮かび上がった。ここら辺は普通のカメラと同じ原理らしい。

 レコードを持ち直し、道行く人をフレームに入れ、それに自分も映るように移動する。

 無言でシャッターを切ると、フラッシュが瞬いた。


 レコードに保存された記念すべき最初の一枚を見て、満足げに頷く。

 携帯のホーム画面にするつもりだ。


 レコードを元の形に戻し、通行人の観察を中断した私は、煙がもくもく上がるグレイスモーク通りに足を運んだ。

 グレイスモーク通りでは鍛冶が盛んに行われている。そこかしこの煙突から煙がもくもくと上がることで有名な通りだ。多くのプレイヤーは、この通りで装備を揃えてから外のフィールドに出かけていく。


 私は観光がてら装備を揃えようと、とある店のショーウィンドウに顔を擦りつけていた。真似するように横の野良猫もガラスに顔を押し当て、息を吐くとガラスが白く曇った。

 プレイヤーが初めから持っているお金は5000ユンである。ちなみに1ユンは1円だ。

 5000ユンあれば、初期装備を揃えることができる。今よりも少しだけましな耐久力を手にできる。

 お金も一緒に入っている麻袋を軽く叩き、目の前に飾られている全財産を投げ打っても全く手の届かない武器を見つめる。

 町医者という職業では装備することが叶わない武器だ。

 漆黒の刀剣から禍々しい負のオーラが出る演出に眠っていた厨二心がくすぐられる。

 ギラギラ目を光らせるも、安っぽい麻袋を見て肩を落とした。


「欲しいぃぃ」


 そうは言っても買えないんだから仕方がない。

 だからせめて目に焼き付けるだけでも……。

 窓ガラスが曇る。


「傭兵なら」


 傭兵ならば、装備できる。

 それに剣をメインにしたスキル構成らしいから、上手くつかいこなせるだろう。

 だがしかし、私は傭兵ではない。


「観賞用として買うにはお金が足りないし……」


 そう、お金が足りない。良い装備を整えるにはまずお金が必要だ。

 私がまずやるべきことは、お金貯め。あとはレベル上げも。確かレベル制限がある装備もあるらしいし。


「がんばろ」


 そう呟いて、ガラスから顔を引っぺがす。野良猫も同じように顔を引っぺがした。

 可愛らしいので撫でようと手を伸ばすと、威嚇された。悲しい。


「行動を起こすにはまず初心者装備一式更新してからだなぁ」

「ほう。ただの冷やかしじゃあねぇみてえだな」


 いつの間にか私と野良猫の間に割って入ってきた男は、ニッと口角を上げた。

 驚きで暫くフリーズしていた私は、男の顔が自分の胸のあたりの高さにあることにさらに驚く。


「……っ!」


 ドワーフである。そうに違いない。

 褐色の肌に、まくり上げられたTシャツから覗く逞しい筋肉。腰ベルトに下げられた金槌と厚い手袋。低い身長。

 またもや熱いものが込み上げてきて、バッとドワーフから顔を背けた。

 それを怪訝な表情で見た男は、あ、と納得のいった顔をする。


「もしかして兄ちゃん『プレイヤー』か?」

「……はい」

「この前うちに来たプレイヤーも兄ちゃんと同じように目頭抑えててよ。……あの歳で独り言が多いのはさすがにどうかと思うが。兄ちゃんは大丈夫そうだな! 泣いてるが! てかなんてワシを見て泣くんだ!」

「……感動して」


 ドワーフが会ったという私と同じ涙腺が弱いプレイヤーに親近感を持ちつつ、喉まで上がってきた熱いものを飲み込む。

 やれやれ、と頭を振ったドワーフは店の扉を開けた。


「外突っ立ってねぇで中入りな。兄ちゃんみてぇな駆け出しの装備もうちは取り扱ってるからよ」

「……ありがとうございます」


 店内に足を踏み入れると、かすかに火が跳ねる音が聞こえ、熱い空気が肌を撫でた。


「ちょいと熱いかもしれねぇが、我慢してくれ」


 そう言ってドワーフが目をやった先には炎を纏った大剣が飾られていた。店内の温度を上昇させている原因はあの大剣のようだ。


「えーと……」


 あれはなんだと聞こうとして、まだドワーフの名前を聞いていなかったことに気が付く。

 「あー、えー……」と何度か目配せをドワーフに送ると、ドワーフは意図に気が付いたのか片目を瞑った。


「ったく、ワシの名はドーバ。この店の店主だ」

「……お、んっ! 私は鴉です」


 「よろしく」と頷き、私は再び炎を纏った大剣を見る。

 分厚いケースに閉じ込められている。名は『炎帝』というらしい。

 普通に強そうな名前である。


「……ものすごい力を感じる」

「まぁ、高熱を発してるだけでお察しだけどよ」


 語彙力が足りない感想で申し訳ない。

 ケースに触れない程度に手を伸ばす。

 熱い。火傷しそう。

 指先がそろそろ熱さで痛み出しそうなその時、熱さが消え、代わりに圧迫されるような感覚に切り替わった。HPが少しずつ削られ始めた。


「一般的にこういう類の剣はなんて呼ばれるか知ってるか?」


 店主が眩しそうに目を細めた。

 私は熱くなった手を胸元に置き、皮のシャツを握りしめる。

 いつもより早く動く心臓が、今まで培ってきたゲームの知識が、この剣の正体を叫ぶ。

 まさかこれは。


「魔剣だ」

「……魔剣」


 『魔剣』という言葉に反応するかのように、ケースに閉じ込められた炎が濃く、燃え上がる。


「兄ちゃんがさっきガラスに引っ付いて見てたやつも魔剣だ。魔剣シリーズは先代が打ったものでよ、とくにこのぶっ厚いケースに入ってんのは一番癖のあるやつなんだわ」


 頑丈な皮手袋で、ケースを撫でる。皮が少し焼けたのか、皮手袋を見て、彼は顔を顰めた。

 「おかげですっかり客足が減ってよぉ」と愚痴るドワーフ改め店主。憎々しげに炎帝の大剣を睨み、「まぁ」と言葉を続けた。


「客も大事だが、やっぱりワシにとってこいつらの方が優先度は高ぇからな。どんなに生意気でも、嫌いになれねぇなぁ……あぢぃ!?」


 火傷をした店主を見て、腰にささっている枯れ枝を取り出す。

 これは町医者専用初期装備の一つだ。

 ぼろっちぃ。少しでも力を込めたら折れてしまいそう。


 町医者なのだから、何か回復スキルが使えるはずと思ってスキルウィンドウを呼び出す。

 良かった。一つだけあった。

 私が初めから覚えている回復スキルは『癒えろ』のみ。効果はHPを小回復。消費MPは3。

 スキル名というよりは、普通の言葉のよう。

 枯れ枝の先っちょを店主の火傷した指に近づけると軽く睨まれた。


「痛くしたら許さん」

「……あい」


 初めて使う町医者専用スキル。発動方法はスキル名を口にし、かつウィンドウに載っている印を描くこと。

 描く。空気中に描く、みたいな感じだろうか。

 ここはやってみないと分からないな。


「『癒えろ』」


 枝先に優しい光がともり、動かせばその色の線が引かれた。若葉の印を一気に描ききると、印が火傷に吸い込まれていった。

 爛れた皮膚の表面が、外側から徐々に元の肌色に戻っていく。


「すげぇなおい」

「へへへ」


 枯れ枝を元の位置に差し直そうとして、細い筒状になっている枝入れを手に持つ。そうして、枝を穴の開いている場所から差し込む。

 上手く入っている気がしなくて、グイグイ押すと、中で折れた音が聞こえた。

 枯れ枝を取り出そうと筒を下に向けるが、中でハマってしまったのか出てこない。絶望である。


「……筒諸共壊れたな」

「……」

「新しいの持ってこいや。少しは安くする」


 使用回数わずか一回の枯れ枝&筒を回収した店主は、暗い顔をしているであろう私の背中を叩いた。

 樽に詰め込まれた剣を抜き差ししているプレイヤーの背後を通り抜け、カウンターに目に付いた装備を次々と乗せていく。

 皮の手袋、鎖帷子、丈夫な靴、木の枝、短剣等々。

 初期から装備している物より少しだけ性能のいい装備達だ。

 木の枝は枯れ枝の上位版。耐久性が少しアップしたものだ。


「兄ちゃんは町医者だよな? 短剣は必要なのか?」

「……護身用です」


 護身用。そう、今のところは護身用だ。

 ちなみに、町医者が装備できる武器は、スティック系と短剣系、ブーツ系の三つ。

 木の枝はスティック系に分類される。


「俺からのアドバイスだが」

「ありがたい」

「まだ何も言ってないけどな!?」


 見事なツッコミが入った。この店主、ノリがいい。

 咳ばらいをし、改めて店主が口を開く。


「初心者にありがちなんだが、身体の使い方を知らないまま武器を振るえば、身体は振り回され、隙を突かれる。命が脅かされる。ワシはそうやって帰って来なかった若者をたくさん見てきている。だから、それを未然に防ぐためにも、冒険者組合の地下で鍛えてもらうといいぞ」

「……冒険者組合の地下」


 店主の言うことは一理ある。いや、二理も三理もある。

 リアルで武器なんて装備しないし、ましてや喧嘩したこともない。

 アドバイス通り、近日中に行ってみるべきだな。


「これとこれも買い取れば、紹介状を書いてやるぞ」

「……む」


 悪い顔でカウンターに小瓶と短剣を置いた店主にジト目を向ける。出費が痛いが、紹介状は欲しい。


「護身用に、な?」


 意味ありげにウィンクされた。ずいずいと進められるがお財布が悲鳴を上げている。うちの家計が火の車だ。


「ちなみに、紹介状がなければ冒険者組合の地下は使えない」

「ぐっ……買う」

「よっしゃ!」


 嬉々と装備の値段を計算していく店主に対して、私は恨みがましい目を向ける。

 商売上手め!


「全部で4200ユンだ。これでも安くしたんだぜ?」


 全財産の二分の一以上が失われることに悲しみを覚えるが、己の身を守るためには必要な出費だと言い聞かせる。

 麻袋からきっかり取り出し、銀の皿にこの世界の硬貨を置くとそこに吸い込まれるようにして消えていった。

 すご。ファンタジーを感じた。


 試着室を借り、新装備になった。が、外套でほぼ隠れている。

 いらなくなった装備は売って、少しばかり懐が温まったところで店を出た。

 

 後で店主が紹介状を握りしめて怖い顔で私を追いかけてきたのは、軽いトラウマになった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ